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君の瞳に恋してる。

今でも俺はあの頃の君に恋をしてる。


休日出勤の日曜日。

晴れた日曜日の街中は多くの家族連れで賑わっていた。
家族で遊園地に出掛けるのか、ショッピングセンターに出掛けるのか、父親と母親の手を取りはしゃぐ子供たちの笑顔。
これから、お決まりのデートコースに出掛ける恋人たちの笑顔。

そんな笑顔が、俺には眩しく見えた。
そんな中、あくせくと仕事をしている自分が何だかバカらしくなってしまったそんな日だった。

仕事終わりの家路。
車のラジオから懐かしいメロディが流れてきた。

思わずその曲を口ずさむ俺。
果たして俺はこの曲をいつどこで、そして誰と聴いていたんだろうか。

そんなことを考えながら、信号待ちで隣りに並んだ車に視線を向けた瞬間に、脳裏に、ある光景がフラッシュバックされた。

信号待ちで、隣りの車を運転している女性に視線を向ける俺に、

「こら、どこ見ているの!」

そういって、俺を睨み付けた助手席に座る彼女。
そんな彼女の少し怒ったふりをしたすねた眼差しが、俺は堪らなく好きだったっけ。

たぶん、
この光景は大学生の頃の思い出だ。

彼女は今頃どこでどうしているのだろう。
そんなふうに考えてしまう自分がいることに少し驚く。

俺たちはすごく仲が良かった。
付き合っていたときに喧嘩という喧嘩をしたこともなかったし、彼女はいつも笑っている人だったから、俺は怒ったりした彼女の顔を見たことはなかった。

もしかしたら、綺麗に残しておいた俺の記憶の中で、そんな彼女の嫌な部分だけが抜けてしまったからかも知れない。
が、それでも、どんなに思い起こしても、彼女のそんな姿は思い浮かばない。

もう俺の思い出の中だけの存在になった彼女だけど、たぶん俺は今でも、彼女に恋をしているのかも知れないと思った。

あばたもエクボというように、好きな相手なら、嫌なところも含めて、
全てが良く思えてしまうから。


女の恋は上書き保存。男の恋は別名保存。

そんな言葉があるけれど、確かにそうかもしれない。

俺は過去の彼女のことを忘れることはないし、たぶん別れた彼女でも好きだったというその時の気持ちが変わることはないだろう。

信号が青に変わり、僕はシフトを一速に落として静かにアクセルをふかした。
ゆっくりと走り出し、交差点を左折する。

いつのまにか、懐かしいその曲は中盤に差し掛かり、思い出の中で俺の車の助手席に座る彼女が曲に合わせてハミングする姿が思い浮かんできた。

遠く、あまりにも遠くへ旅立っていった彼女。

もし彼女との別れが死別じゃなく離別なら、今頃どうしているだろう、元気でやってるかな、なんて思い浮かべるのかも知れない。

もしかしたら彼女は、いまごろ運転中によそ見する俺じゃない誰かの横顔を、鋭い眼差しで、睨み付けているのかもなんて。

ハンドルを切りながら何だか自分がにやけているのがわかる。
誰もいない助手席に自然に視線を向けてしまっていた。

ラシオから流れるメロディを口ずさみながら、懐かしい思い出に浸る俺だった。

彼女の鋭い眼差し。
思い出の中の彼女のその眼差しに、

俺は今でも恋をしていた。



「一場面小説」という日常の中の一コマを切り取った1分程度で読めるような短い物語を書いています。稚拙な文章や表現でお恥ずかしい限りではありますが、自分なりのジャンルとして綴り続けていきたいと思います。宜しくお願いします。