「月がきれいですね」シナリオ
【登場人物】
渡辺小夏(18)・・・インスタ大好き今時高校生。「好き」という単語がなくなったって、「絵文字があるじゃん」、「スタンプあるじゃん」、と不便は感じていない。幼なじみの片岡のことが好き。
片岡大吾(18)・・・昔の小説家(特に漱石)に憧れて、わざと貧乏生活をしている実は実家金持ちの捻くれ小説家志望。小夏の幼なじみ。特に暗喩にのめり込み、自分の文体を完成させようとしていた。「好き」などの安易な言葉や絵文字などの表現は全否定。
美緒(18)・・・小夏の友達
真香(48)・・・片岡の母
【あらすじ】
好きと言う単語が消えた・・・しかし、それだけでは終わらなかった。スマホのハート絵文字やスタンプも日本から消えた。絵文字文化に慣れた高校生が、気持ちをそれでも、伝えられるのか?
【シナリオ本文】
○国語辞典
『好き』という単語が消える。
その横に書いてあった『鋤・・農業用の土を掘る道具』という単語。
○小さな畑
鋤(すき)で畑を耕す小夏。
農業にはあるまじき、お洒落な服装。
小夏M「好きといえば、鋤のことになって一年」
美緒(18)とスマホで自撮りしている。
小夏「鋤(すき)だよね」
美緒「鋤だねー」
○小夏のインスタ画面
タピオカミルクティ、スイーツ、友達との画像・文章にハート系の絵文字で埋め尽くされている。
先ほどの美緒との写真も大きめのハートがついて上がっている。
小夏M「絵文字あるし・スタンプあるし・・伝わるし・・いいねも増えたし・・全然問題じゃないよね」
フォロワーが10万人以上いる。
○片岡の部屋・中
汚いアパートのワンルーム。
片岡大吾(25)が文豪のような着物を着て、卓袱台の上で、パソコンではなく、原稿用紙に小説を書いている。
しかも字が汚い。
片岡M「比喩表現こそ純文学の心理、暗喩で人の気持ちを伝えてこそ、オリジナルな感情を作り出すことができる」
壁には夏目漱石の全集の本がずらり。
後ろからいきなり小夏が覗く。
原稿用紙には、『毎日の緑茶がまさか冬の凍てつく寒さから沸点まで一気に沸かされたことが、君と言う存在の奇跡が温かくもあり・・・』
???な暗喩を読む小夏。
小夏「何が言いたいの?」
ビックリする片岡。
片岡「小夏、なんだよ?」
開いているドアの鍵の部分を指差す。
鍵穴が壊れて外れている。
小夏「作家志望ならもうちょっときれいに書いたら?」
片岡「編集者がタイピングするからいいんだよ」
小夏「片岡に編集者なんていないじゃん」
悔しそうな小夏。
片岡「この前出した、文芸新人賞でデビューできるからいいんだよ」
自信満々の片岡。
小夏「またわかりにくいって言われるよ」
片岡「わかる人にはわかるからいいんだよ」
小夏「学校には行ってないの?」
片岡「もちろん、『孤独に指名された天才は、文字と文字の間で呼吸する世界の酸素なんだよ』
小夏「ただの引きこもりじゃない」
心配そうな小夏。
○高校・3年2組
休み時間。
小夏と美緒。
小夏がスマホからメールしている。
美緒がそれを見て、
美緒「ラインじゃないの?今時メール?5年したことない」
小夏「あいつガラケーだからさ」
○片岡の部屋・中
片岡は執筆している。
床に置いてあるボロボロのガラケーにメールが。一番簡単なハートマークが最後に。
『元気してる♡?』
○高校・3年2組
美緒「可愛くないハート」
小夏「これじゃないと届かないからさ」
○片岡の実家
超金持ちそうな豪邸。
片岡の母の真香(48)と小夏。
棚の上には、真香と片岡が並んだ写真が。
真香「小夏ちゃんごめんね、本当に大吾がバカで」
小夏「いえいえ、お母さん」
真香「真の貧乏じゃないと良い小説なんか書けないからって、家出って小夏ちゃん以外誰にも言えない」
恥ずかしそうにする真香。
小夏「なんか傑作が描けたらしいんで、賞金500万円で愛媛に家買うって」
頭を抱える真香。
真香「漱石なんて読ませるんじゃなかった」
○高校・3年2組
一ヶ月後。
休み時間中。
クラスの全員がスマホを触っている。
クラスメートは全員派手ないつインスタに載ってもいいようなオシャレをしている。
小夏がスマホを見ていると、いきなり大声を出す。
小夏「やばい」
美緒「どうしたの?」
休み時間が終わるチャイムが鳴って先生が入ってくるが、お構いなしに出て行く小夏。
○高校・校門
走って出て行く。
○道
走る小夏。
小夏の手に握られたスマホ画面には、「第65回文芸新人賞に天才現る。若干・・」
の文字が。
○片岡の部屋・中
ドアは開いている。
勢いよく入ってくる小夏。
小夏「片岡!」
片岡はいない。
中に入る小夏。
床にはチリチリに破られた新聞が落ちている。
それを集める小夏。
すると一面の記事が読める。
『第65回文芸新人賞に天才現る。最年少受賞!若干16歳の男子高校生』
小夏「16歳・・」
その高校生の写真も載っている。
今時のチャラそうな髪の毛を染めてスマホを握っている。
普段は人気ユーチューバーをして、クラスの学級委員もしていると書いてある。
心配そうな小夏。
机の上に夏目漱石の「こころ」が置いてある。
そのページには、
K「もっと早く死ぬべきなのに何故今まで生きていたのだろう」
の一行が。
外に飛び出す小夏。
○道
小夏「片岡!」
叫びながら、片岡を探す小夏。
手には「こころ」を持っている。
どこにもいない。
「こころ」を読む小夏。
あるページで止まる。
『ナイフで頸動脈を切るK』
小夏「K・・片岡」
必死にまた走り出す小夏。
○包丁屋・外
走ってくる小夏。
そこに、片岡が手に刃物を持って出てくる。
小夏「片岡」
小夏を見た片岡が走る。
追う小夏。
小夏「待って」
○道
走る片岡。
追う必死な小夏。
着物なので走りにくそうな片岡。
○道の突き当り
片岡がこちらを向いて、喉に刃物を突きつける。
小夏「別にいいじゃん」
片岡「もう終わりだよ」
小夏「来年、獲ればいいじゃん」
片岡「最年少受賞はもう無理なんだよ」
喉の先から少し血が。
小夏「漱石を超える純文学を産み出したいんでしょ?」
片岡「・・・」
小夏「漱石は最年少受賞なの?16歳でデビューしたの?」
片岡「36歳」
小夏「じゃあいいじゃないの」
片岡「150年前と今じゃ違う」
小夏「150年前みたいな格好してるじゃない」
片岡が自分で自分の着ている服を見る。
片岡「・・・(ギクッ!)」
小夏「150年前と今じゃ違うんだよ」
自分のスマホでインスタやラインのやりとりを見せる。
小夏「ほら、今は、こんな感じでみんなやり取りしてるんだよ」
片岡「安易な」
馬鹿にする片岡。
自分の鋤の写真のインスタのいいね数を見せる・
小夏「見て」
片岡「一・十・百・千・万・十万」
10万いいね以上。
小夏「10万部みたいなもんでしょ」
一瞬ビックリするが、元の態度に戻る。
片岡「嫌だ。認めない。今までを否定したくない」
小夏「漱石は、今までを否定したことなかったの?」
包丁を下げる片岡。
気づいた表情に。
片岡「あるよ。元々中学教師だからね」
万遍の笑顔で、
小夏「でしょ。でしょ(気遣うように)」
片岡「I LOVE YOUを月がきれいですねって訳したんだ」
小夏「素敵!」
空を見上げる小夏。
まだ昼。
月は出ていない。
片岡の顔を見て、
小夏「月がきれいですね」
片岡「???」
片岡「月が・・きれいですね」
片岡も空を見上げる。
片岡「出てねえよ」
笑う二人。
○道(夕方)
歩いている二人。
その間もスマホを触っている小夏。
すごいスピード絵文字をフリック入力している。
それを見る片岡。
片岡「絵文字で小説とか書けたりするのかな?」
立ち止まる小夏。
小夏「それ、めちゃいいじゃん。現代の漱石だよ」
片岡「そうかな」
小夏「うんうん」
小夏M「私はこの時、まだ知らなかった。この1分後から日本から絵文字とスタンプが消えることを」
笑顔の小夏。
空を見上げる。夕方になって、月がぼんやり見える。
小夏「月がきれいですね」
○高校・3年2組
一ヶ月後。
休み時間中。
小夏と美緒が話している。
美緒とクラスメート、一ヶ月前よりどこか地味な感じ。
誰もスマホを触っていない。
美緒「インスタやってないよね?」
小夏「うん、アカウント消した」
美緒「え!もったいなくない?フォロワー10万人以上いたじゃない」
小夏「もういいんだ」
美緒が嬉しそうに微笑む。
○テレビ画面
ニュース番組。
アナウンサー「ラインとfacebookの株価が急落しております。これは、インスタやラインのタイムラインの伸びを現したグラフですが、この一ヶ月で十分の一になっております」
解説委員「感情表現が難しい時代に突入してますね」
○片岡の部屋・中
小説を書いている片岡。
服は学生服を着て、パソコンで打っている。
片岡はnoteで新作を発表しようとしている。
そこに、小夏がやってくる。
制服姿を見て、嬉しそうに、
小夏「今日も学校行ったんだ」
片岡「学生だからな」
小夏「どう、順調?」
片岡「・・・(少し考えて)面白いね。リアクションが見えるから」
嬉しそうな小夏。
小夏M「日本からどんな言葉やどんなスタンプが消えても、大丈夫」
後ろから片岡に抱きつく小夏。
片岡「邪魔しないで」
小夏「いいじゃん」
小夏M「表現の方法はいっぱいあるもんね。簡単!簡単!」
片岡の背中に顔をすりすりする小夏。
そのまま口をとんがらせて、背中にキスをする。
(終)
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