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龍馬が駆ける#0

ーーーすべての「体育・運動嫌い」に捧げるーーー

Rap.0, 戦いに勝って勝負に負ける, Start

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「ラスト1周~~~~!」
体育教師が叫ぶ。
その前を生徒が駆け抜けていく。持久走を走る生徒の態度はまちまちだが、どの生徒も口から白い息を吐いている。
「おお!このペースだとまた記録更新か!?ファイト~」
そんななかでひと際きれいなフォームでトップを走る生徒。
彼はジュニアオリンピックに選ばれる実力者。
その数十メートル後ろを走る2人。
キャプテンと僕だ。
僕は目の前を走るキャプテンの背中だけを見ている。
引き離されないように、かといってぶつかったりしないように。
万が一足がもつれて目の前のこいつを倒してしまっては大変だ。
2週間後にはサッカーの新人戦もある。
代替わりした公立校チームの育成のために2年生主体で行われるこの大会で、キャプテンは3年だが特別枠としてベンチ入りしている。
後輩とのコミュニケーションも多く慕われている彼の選出に、部員の誰も異論はなかった。
僕を除いては。
そんな彼が体育の授業中にけがをして、しかもそれが後ろを走っていた僕との接触なんてことになったら、僕の学園生活は確実に終わる。
そんなのは許されない。まだ2月14日も来てないのに。

「まだだ。我慢、我慢だ。」
僕は気づいていた。先刻から前を走るキャプテンのペースが少し落ちている。彼は無類のサッカー好きで、朝練なんてうちの部活にはないのに勝手に朝からボールを蹴ってるやつだった。今日も朝練は行われていたし、午前もさぼらず、授業を受けていた彼にとって、午後のこの体育の授業を万全の状態で迎えられたとは言い難い。比べて僕には余力が残っている。自由参加の朝練には当然参加せず、授業中も必要な箇所以外はできるだけ聞かず、ボーとするようにしている。お菓子持ち込み禁止の本校において、脳を動かす原動力となるブドウ糖はもはやオイルショック時のトイレットペーパーなみのいつでも不足している重要資源だ。使いどころを間違ってはいけない。
その辺の抜かりはない。緊張は戦いにおいて不要だが、気が緩みっぱなしでも危険だ。そんなこと小学生のころからNARUTOを読んでたから知っている。その辺の抜かりはない。緊張は戦いにおいて不要だが、気が緩みっぱなしでも危険だ。そんなこと小学生のころからNARUTOを読んでたから知っている。

時を戻そう。
僕にとっての脳糖の使いどころは今しかない。冬の持久走。学年の記録上位者は廊下に掲示され、運動部にとってはそこに名前があることは一種のステータスであった。それは僕にとっても同じこと。だが僕の目標はもっと高いところにある。
「サッカー部内ランキングで一番をとる」
元来サッカー部員というものは、持久走をさぼる生き物であり、僕はただ走ってさえいれば容易にこの目標は達成できる・・・・はずだった。
いたのだ。もう一人この持久走をまじめに受けるサッカー部が。しかも同じクラスに。ーーーキャプテンだ。
しかもこのキャプテンは持久走が強い。
陸上部のヘルプで駅伝にでて区間賞取っちゃうくらいに。
そう。普通に考えればこの僕がキャプテンに勝つなんてありえないことだった。小学校からクラブチームでサッカーをしていたキャプテンに、中学校から本格的なサッカーを始めた僕が。成績優秀で明るくてモテるキャプテンに、模試判定でギリギリ志望校圏内で生徒会長もやってるのにもてない僕が。
・・・「普通」ならば。
この絶望的な実力差のある中でぼくは今回の持久走に一縷の可能性を見出していた。
・・・風邪気味なのだ。彼は。
風邪をひく。すなわち鼻が詰まっている。
これは持久走において大きなディスアドバンテージだ。
持久走において呼吸は非常に重要だ。
鬼滅の刃をご存知の方ならそれはわかるだろう。多くの酸素を取りこみ体に行き渡らせることで、人でも鬼並みの身体能力を発揮できるのだ。
ならば今のキャプテンはどうか。
身体活動に必要な酸素が慢性的に不足している状態では、必ずそのパフォーマンスが落ちる瞬間が来る。そこが勝負時だ。一気に追い抜いてそのままゴールする。序盤から中盤で追い抜いても挽回される可能性があるから終盤。残り半周が勝負の時だ。
しかも残り半周になる場所はスタート地点から一番遠い場所。プールと音楽棟でこちらの姿は見えない。急なスピードアップで「うわぁあいつ急に本気出したやん必死やん。ダッサァ」現象が起こらない。むしろ姿が見えた時に順位が変わっている逆転劇は観客(待機の生徒)にとってこの退屈な授業を盛り上げるのに一役買うかもしれない。俺だってこの終盤でペースを上げるのは辛い。辛いが追い抜くだけの体力は温存している。この日の為に元自転車乗りの父に秘訣を教わったのだ。
ーーー「空気抵抗を受けるな。」ーーー
自転車に乗ると空気抵抗を一気に受け、体力を消耗する。そのためツールドフランスなどの長距離自転車マラソンでは、チーム内で先頭走者をローテーションし、体力を温存するのだ。そう、僕がずっとキャプテンの後ろをついてきたのはそれが狙いだ。

走る僕らの左側に、音楽棟が見える。スタート地点からは完全に死角になった場所に入ったことを意味する。
条件は整った。
僕は腕の振りを一段早め、膝を使って歩幅を少し大きく一歩踏み出した。
そのままのリズムでキャプテンの真後ろから右斜め後ろ、横、そして前へと飛び出した。
うまくいった。何とかキャプテンの前に出ることに成功した。
スピードを上げてキャプテンとの間をどんどん広げていく(もっとも後ろなんか振り返ってないので想像でしかないのだが。)

しかし、本当の勝負はこれからだ。自分との勝負。
ここで失速してはすぐにキャプテンには追い越される。
かといって必要以上に速度を上げてもしんどくなるだけだ。
たかが半周。されど半周。
「まだだ。まだ、我慢しろ。」
長男だから我慢は得意だ。
正直、ペースを上げたのはしんどい。
しかし、ここは我慢だ。
すべては(サッカー部内で)誰よりも早くゴールするため。

最初の4周よりも長く苦しく感じた半周も終わりに近づいてきた。
最後の直線に入ったのだ。
「我慢はおわりだ。行け!」
そう心の中でつぶやいて、一気にスパートをかけた。
持久走の走り方から、短距離走の走り方に移行する。
体を前傾にし、足は前から後ろに蹴り上げ、回転を上げることを意識する。
呼吸は吸って吐くスパンを短くし、全身に酸素をいきわたらせる。
正直めちゃめちゃしんどいが、もうそんなのいってられない。
最後まで気を抜きたくない。
それで負けたらカッコ悪すぎる!
君子は10里の道の9里を半分とする。
走れ。はしれ!ハシレッ!!!

「はい!お疲れー!」
体育教師の声を合図に体の力を一気に抜いた。
終わったのだ。僕は勝ったのだ。

後日廊下に掲示されたランキングをみんなより少し後ろから確認して、にやけてるのがバレないように、僕は靴箱に向かった。

・・・この高次元のバトルが行われていたことはその場にいた者を含め、誰も知らない。僕を除いては・・・

・・・その年の2/14、キャプテンは彼女からなんか、箱みたいのものを渡されているのを見た。
僕は空の靴箱に溜まったホコリを丁寧に掃除して一番にグラウンドに出て、いつもより多めにシュート練習をした。

これは運動大嫌いなぽっちゃり小学生が、運動も悪くないなとおもい、しまいには運動大好きサラリーマンになっていく過程を記録した物語のようなもの。

Rap.0, 戦いに勝って勝負に負ける, Finish.


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