恋人は三田九郎師

 ああ、あの人の話ですね。いいですよ。私が知っていることはお話します。と、向かいに座る初老の女性、新井由美子は語り始めた。
 昔はね、あの人は本当に奇麗でお洒落でそれは近所のみんなの憧れだったのよ。ファッション誌から出てきたような、仕事できるOLみたいな感じで自信があふれていたのよね。
 私、大学の時に実家出て一人暮らししていたんだけど、何年目かの年末のお休みで帰省した時に、彼女と道端でばったり会ったら、なんかもう急激に老けたというかヤツれたというか、別人になっていたのよ。
 で少し気になって、挨拶から世間話していたら、唐突にこんな事言い出したのよ。
「今夜、8時になればサンタ師が家にやってくる。世界はもうすぐ消滅するの。私たちにしかこの世界を救うことができないの。今ならあなたも私の友だちということで優遇されるわよ。よかったら一緒に来ない? あれだったらセミナーだけでも……」
 私はその時ピンときたのよね。完全に目がイッてたしね。当時ちょうど週刊誌でも騒がれていた、カルト教団、クリスマ真理教の三田九郎の事じゃないかって。
ちょっと前から強引な勧誘や洗脳でだいぶバッシングされていたわよね。
私も週刊誌でさわりだけ読んだけど、経典には馬鹿馬鹿しいくらい自分たちの都合良いふうに書かれている感じだったのよね。私なんかは最初から疑って読んでいるからそう思ったけど、あんなんでも信じちゃう人もいるのよね。
だから私は止めようと思って言ったのよ。
違うよそれは、インチキ経典の中だけの話なのよ。絶対インチキだよ、って。
 そしたら、私に向かってウインクなのかチックなのか判別難しいけど、片目をひくひくさせながら、あなたも大人になればわかるわよ、私たちに感謝する日がいつか来るんだわって行ってしまったの。結局それっきり。
 後の話はニュースでも知っているでしょ。霊感商法や多額の寄付が明るみになって、今じゃ宗教二世問題にまで発展しているものね。
あの人は教祖に気に入られてナンバー2だっていうじゃないの。こうなるとわかっていたらあの時無理やりにでも止めたんだけどな。もう後の祭りよね。
 新井由美子は遠くを見つめ、ため息を吐いた。

 了

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