一体感とは、安倍晋三的なやってる感と同じ感でアホの極みだ

天皇という封建身分制が存在し、大企業は内部留保を蓄積し、富裕層が大きな顔をしている。身分制と資本主義的格差のミックスした「タテ社会日本」で、一体感とか言われても?
はあ?
ですよ。
一体感だから、つまりは、安倍晋三のやってる感と同じなのか。
一体化とは別の概念なのだろう。
一体化であれば、前提は、平等が実現していないと、一体化は無理である。
これは、簡単な話でわかる。
食事会を開く。収入がほぼ同じなら、店はすぐ決まる。一体化はスムーズに進む。
しかし、収入に差があり、開きがあれば、店はなかなか決まらず、そして、収入を多く得ている者がバターナリズムを発揮し(〇〇さんがかわいそうだから)ということで、サイゼリヤのような店に決まる。なぜか、収入に開きがある者たちが食事会を開くとき、パターナリズム的な観点でサイゼリヤが選ばれる。しかし、低収入者は、サイゼリヤでも苦しい。一体化は失敗した。だが、パターナリズムに酔っている収入を多く得ている者は一体化に成功した、と誤解している。

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