人柄だけならヒトラーも中曽根に劣らじ、よかったのではないか。人柄を論じることのアホさについて。

不破哲三による中曽根への懐旧談は、政治という利害問題を、政治家の人柄だとか能力だとか、個人的な問題に還元するので、詐欺話に近い。話はそれるが、天皇も人格が良いという話も、天皇制における政治的な圧力を天皇個人の人格論に還元し、結局は、天皇へ忠誠を誓え、という婉曲な詐欺話である。
本題に移る。安倍よりも中曽根がいくら能力があろうが、中曽根も安倍の時代も自民党は、財界政党でしかなく、改憲を党是とする政治集団であることには違いがないからだ。
我々は、政党政治の原則を忘れたのだろうか。

人柄ならヒトラーもムッソリーニもスターリンも良かったと私は思いますよ。人柄だけならね。
だが、政治は、そんな個々の自己愛にすぎない、情緒にすぎない人柄を変えるのである。 

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