いつでもどこでもやばいやつはおるな

目の前に建つ豪邸を見上げながらおれは拳を握りしめた

少し前までここには小さく古びた家が建っていて、年老いた夫婦と1人の屈強な若者が住んでいた

その若者がある日鬼退治に行くと言い出し、鬼を倒した後持ち帰った金銀財宝で老夫婦に豪邸を建て、今は犬と猿と雉を飼いながら優雅にくらしている

しかもその桃太郎という若者、聞けば老夫婦の本物の子供ではなく、ある日婆さんが川に洗濯に行った時川からドンブラコドンブラコと流れてきた桃を拾って帰ったらそこから産まれてきたらしい

悔しい

おれが桃を拾っていたらこの豪邸はおれのものだったのに

おれも割と用事なくても川とか行くのに、桃も見たことないしドンブラコどころかドンですら聞いたことない

そもそもブラコってなんだ、ドンは生きてて聞くことある音やけどブラコって音聞いたことないぞ

ブラコって人の声以外で聞いたらどんな音なんだ

正直豪邸や金銀財宝も欲しかったけど、ブラコという音が1番聞きたかった

何故おれじゃなかったんだ

おれは目の前の豪邸に濃ゆいタンを吐きつけ、走って逃げた

豪邸が見えなくなるところまで来てやっとおれは走るのをやめた

疲れた

何でおれが走らなければいけないのだ

桃さえおれの元に流れ着いていればこんなことにはならなかった

思い返せばおれはいくつものチャンスを逃してきた

5年ほど前、罠にかかった鶴を見つけたことがあった

かわいそうだと思った

だが、これは私の仕掛けた罠ではない

猟師が、自らが食っていくために仕掛けた罠だ

かわいそうだからといって罠を外してしまえば鶴は助かるだろうが、猟師が明日食う飯がなくなってしまう

それは果たして正しいのだろうか

決して罠を外しに行くのが面倒とか猟師にキレられたら怖いとかそんなんじゃない

たしかに面倒なことに極力関わらないようにする性格だし昔大人に大声で怒鳴られてから荒っぽい男が苦手になったけど、この時はそんなんじゃなく本当に猟師のためを思って躊躇したのだ

結局そんなことを考えていたら、ひょこっと横から出てきた男が鶴の罠を外し、鶴は飛び去っていった

男の家に鶴が若い女の姿で恩返しに来たと聞いたのは、その数ヶ月後のことだった

悔しかった

あの時罠を外していれば鶴はおれのところに恩返しに来たのに

そしたらおれも織った着物を売って金持ちになれたのに

それに聞けばあの男は覗くなと言われていた襖をこっそり覗いて、鶴に逃げられてしまったらしい

おれなら絶対そんな失敗はしないのに

大体覗くなと言われているのに覗くなんて最低だ

そんなやつだから何も考えずに罠を外すんだ

おれなら絶対に覗かない

覗くなということは覗いて欲しくないということだ

相手のして欲しくないことを自分の欲求に負けてしてしまうなんて人間のクズだ

そうだあの男は人間のクズなのだ

あんなやつより思慮深く人の気持ちがわかるおれの方が金持ちになるべきなのに

だんだんとムカムカしてきたので男の家の前に行って小便で死ねと書いて走って逃げた

いや、逃げたんじゃない

さっき走ってなんか気持ち良かったからもう一回走りたくなっただけだ

小便もたまたましたくなって死ねもせっかくだからなんか書きたいなと思って小便の量的に死ねがちょうど良かっただけだ

なので別に悪意はない

悪意はないので別におれは悪いことはしていない

いや、むしろ後からきたあの男が勝手に鶴を助けなければおれがこうして小便をすることもなかったのだから、おれは被害者だ

ダメだ、またムカついてきた

このムカつきを解消するには、いつものように村の子供達を集めて遊ぶしかない

別に同世代に友達がいないわけじゃない

会ったらちょろっと喋るし、小さい時鬼ごっことかもしたことはある

ただあいつらは考え方が子供だし、下らないことで盛り上がったりするので別に一緒にいて面白くないし得るものもないので遊ばないだけだ

どうせしょうもない人生を歩むやつらだ、そんなやつらに時間を割くのは惜しい

その点子供達は素直だ

おれが腹が減ったと言えば畑から野菜をとってくるし、肩が凝ったといえば揉むやつらだ

一度畑の主に見つかって怒られたらしいが、別におれが取ってこいと頼んだわけじゃなくあいつらが勝手にやったことなのでおれに責任はない

肩を揉まなかったやつに拳骨をくらわした時は泣いていたが、そんなに強くやってないしあれくらいで泣くほうが悪い

あれくらいで泣くやつは大人になっても絶対に成功しない、一生負け組のやつだ

そういえばこの前おれが遊んでいる子供達が海岸で亀をイジメていて、それを1人の男がやめさせたという話を聞いた

亀をイジメるなんて最低なやつらだ

このおれがせっかく遊んでやっているのにおれの見ていないところで、しかも亀をいじめるなんて本当に終わっているやつらだ

それに助けた浦島とかいう男もわざわざ亀を助けるなんて胡散臭い男だ

どうせ年上には歯向かえなくて同世代には相手にされないような男で、子供の前で偉そうにしたかっただけだろう

そんな風に人生がうまくいかない苛立ちを自分より下のものをつくることで解消しようとするなんて情けないやつだ

自分がそんな男じゃなくて本当に良かった

結局その浦島とかいう男、子供達の話ではその後亀の背中に乗って海の中に消えていったらしい

やはり頭のおかしいやつだったのだ

村からいなくなってくれて清々する

一応戻ってきた時のために浦島という男について、他人の草鞋を勝手に燃やすとか魚を釣っても釣り上げずにずっと笑っているとか両利きなのに不器用とか有りもしない噂を流しておいた

これでもし村に戻ってきても、またすぐ出て行くだろう

大体この村には頭のおかしいやつが多すぎる

丘の上の老夫婦などはその最たる例だ

やつらは生まれてこの方、風呂に入ったことのないようなやつらだった

気持ち悪すぎる

おれも1週間ぐらい風呂に入らないことはあるが、生まれてから一度も入ってないなど正気の沙汰ではない

しかもその2人で結婚しているのだから気持ち悪いを通り越して気持ち極悪だ

さらにその2人、あろうことかある日溜まりに溜まった体中の垢を集めて赤ん坊の人形をつくったというのだ

これはもう気持ち極悪を通り越して気持ち凶悪だ

ただこの村八分どころか村七千分にするべき夫婦がつくったこの垢人形が、なんとみるみる人の姿に形をかえ、人間の赤ちゃんになったというのだ

結局力太郎と名付けられたその子供はすくすく成長し、老夫婦がつくった鉄の棒を携え旅に出て、鬼から長者の娘を助けて嫁にもらい老夫婦と共に今何不自由ない暮らしをしている

意味がわからない

こんなにも賢く素晴らしいおれが日々ひもじい生活をしているというのに、何故こんな頭のおかしいやつらが何不自由ない生活を送れるのだ

こんなやつらは二畳ぐらいの暗く天井の低い部屋で毎日畳を毟って食べるような、全不自由な生活を送るべきだ

そもそも垢をこねて人形をつくるという発想がもうまともな人間のものではない

しかもそれが人間になるなんて

一応おれも垢をこねて小さな人形をつくってはみたがただの臭っさい塊ができただけだった

もちろん信じていたわけじゃないし、臭いといってもまあそんなめちゃくちゃ臭いわけじゃなく全然我慢できるぐらいの臭さだった

ただ我慢できるだけでまあちょっとは臭かったし、臭いがうつって家全体もなんか臭くなってしまった

これも全てあの老夫婦のせいだ

あいつらがあんな気持ち凶悪なことをしたせいで、新しいものをどんどん取り入れていきたいという本来おれの長所である好奇心が悪い方向に働いてしまいおれの部屋が臭くなってしまったのだ

そして部屋が臭くなってしまったせいで、おれは体がなんかだるくなって仕事をする気も失い人にもキツく当たることが多くなり周りから悪口を言われたりするようになってしまったのだ

何一つ悪くないのにおれが嫌な思いをしなければならない意味がわからない

やはりムカついてきたので、垢夫婦の家の窓から虫を投げ込みに行くことにした

これは復讐ではない

おれに被害を与えたものへの正当な制裁だ

意気揚々と垢夫婦の家に向かっていると、竹林の方で何か光るものが見えた

近づいてみると一本の竹が光っている

気味が悪いのでおれは無視して垢夫婦の家へと歩みを進めた

あんなものに関わるやつの気がしれない

そんなやつは卑しくて拙僧のない愚か者だ

おれのように聡明な人間はあんなものに惑わされたりしないのだ

もうすぐ垢夫婦の家だ

ここに蜘蛛やら百足やらをぶち込んでやる

おれの人生を狂わせた報いだ

垢夫婦はさぞかし驚くだろう

その光景を想像するだけで、顔がニヤけてくる

後は丘を登るだけだ

その時だった

おれの鼻をとてつもなく甘い匂いがついた

何だこの匂いは

頭が蕩けそうな、とてもいい匂いだ

おれはフラフラとその匂いの方に歩いていった

歩みを進める度に匂いは強くなり、歩みは速くなった

そうしてしばらく歩くとおれは森に辿り着いた

確実にこの森の中から匂いがしている

おれは花の匂いに惹かれる虫のように、森の中に入っていった

虫とはいっても蛾とか蝿とかじゃなくて綺麗な蝶みたいな感じだが

森に入ると匂いは一層強さを増し、おれは気がつけば小走りで駆け出していた

しばらく走り、緩やかに歩幅が小さくなりおれが立ち止まった時、目の前には家が建っていた

間違いない

この鼻を弄る強烈で甘美な匂いはこの家から発せられている

おれは家の壁にそっと触れてみた

柔らかい

壁を引っ掻いてみると壁は削れて指先に粉のようなものがくっついていた

おれは恐る恐る、指先を舐めた

甘い

今まで味わったことのない感覚が舌を通じて全身に行き渡る

なんだこれは

その時、キィと音がして家のドアが開いた

ドアの方を見ると、そこには老婆が立っていた

「おやおや、何をしているんだい?」

老婆は優しく語りかけてきた

「あ、いや」

急な出来事におれは童貞のような反応をしてしまった

まあ童貞なのだが

ただ別にそういうことができなかったわけではなく敢えてしなかっただけで、しようと思えば全然できる機会もあったしただそれ自体に別に興味がなかっただけだ

「ここはお菓子の家だよ」

少しの沈黙の後、老婆は言った

お菓子の家

これが全部お菓子だというのか

だがこんな可愛らしい形でこんなに美味しそうな匂いのするお菓子をおれはみたことがない

いや、おれが見たことないだけで他の人は見たことあるとかじゃなくて村にそもそもないから村人全員知らないだろうからおれが遅れているとかではないのだが

「中にはもっと美味しいお菓子があるから、お入り」

老婆はそう言って家の奥に消えていった

これよりも美味いものがあるのか

気がつけばおれは家の中に足を踏み入れていた

家の中は外とは比べ物にならないほど甘い匂いがたちこめていた

「さあこっちだよ」

老婆が手招きしている

おれは招かれるままに家の奥に進んでいった

奥にはグツグツと音を立てる大きな釜がみえていた

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