なにを写すのか。
あぁ、なんか大事なこと忘れていたかもしれない。
自分の写真について、整理してみました。
目次
1. 撮るものと撮らないもの
2. 撮ることで伝えたいこと
・わたしたちの世界は美しい
・忘れていってしまうこと
撮るものと撮らないもの
現状で、考えてみたけど言葉にするってむずかしいね。
◯撮るもの、撮りたいもの
・道端のもの
植物が生えている様子、壁や地面に映る光や影、看板、空き家や朽ちたもの、街の風景など
・懐かしさや哀愁を感じるもの
畑など田舎の風景、古いほうきや農具、家の軒下、空と雲、傾いた日差し、煙、公園や遊園地など子どもの頃遊んだ場所
・人の普段の姿
一緒に歩いている時、家事をしている時、食べている時、こどもが遊んでいる時など生活上の姿、生活する場所の写真
できれば生活の中に入り込んで、でも気配は消して撮りたい。自分の生活も撮りたい。
◯撮らないもの、撮ったことがないもの
・誰もが綺麗と思う景色、観光地の絶景
・作り込まれたポートレート(撮ってはみたいです)
撮らないというか、撮るけど出さないかな?
ポートレートは単純に写欲と経験として、いろいろ撮ってみたい。。(ほぼ経験がないので)
撮ることで伝えたいこと、撮る理由
どんなことを考えて撮っているか。
まだあんまり整理できてないのかもしれない。具体的に言えているのかもわからないけど。
しばらくは、写真を撮るのが好きという気持ちだけで撮っていたんだけど、自分がなぜ撮るのか、というところを考えてみた結果、こんなところに辿り着きました。
撮る理由 = 伝えたいこと、になるのかなぁと思っています。
(すっごく長いです。。)
私たちの世界はうつくしい
- 道端のものを撮る
写真を撮ることに力を入れ始めた頃、家の周りも撮ってみようとぶらぶら散歩していると、普段から見ているのに見えていない、いろんなものがあることに気がついた。
たとえば遊歩道の色やひび割れがいい感じだとか、家のメーターのパイプが揃ってて綺麗だとか、畑の鳥除けの手作りオブジェもいい味出してるなとか、
夕陽の当たる田んぼ道が綺麗で、こんな光景いつか見たなぁ、とかちょっと懐かしさを覚えたりして。
日々忙しく歩いているとよく見えないそこらへんにあるものや、忘れてしまっている風景が、カメラを持つと見える気がして、それが美しいなと感じて、そういうものたちに気づいてほしいと思った。
単純に、美しいものはそこらへんにあるよ、と。
それに加えて、
誰もが昔見た、心にしまってある光景ってあると思うんです。
写真を見て思い出してほしい。
記憶の中にある風景や、感情を。
そして、自分の生きてきた世界の美しさを思い出してほしい。
見た人がそれぞれの、その人の物語を思い浮かべることができる写真が撮りたい。
だからスナップや、住宅地のそばの風景や、
顔のあまり映らないようなポートレートが好きなのかな。
その人の記憶に重ねてほしいから。
じつは一番最初に写真が撮りたいと言ったのが小学生の時で、家の古いフィルムカメラを貸してもらって撮ったのが、下校の道端のものや空を飛ぶ鳥。たぶん、フィルム一本分だけだけど。これが自分の原点なんじゃないかなぁ。
いつか忘れてしまうから
- 日常の光景を撮る
わたしが写真を日常的に撮り始めた理由。
前回のnoteにも書いたのだけど、高校生の時。
はじめは友達とのおでかけや旅行の思い出を忘れたくなくて撮り始めた。
本当に忘れっぽくて。誰とどこへ行ったとかすら忘れてしまう。
写真があれば思い出せるから。
大人になってその頃の写真を見返すと、
本当に愛おしい瞬間は、旅行ではなくて普段の教室や部室での写真。
学生時代楽しかったな、こんなこともあったなと。
年を重ねるにつれていくつかの別れや突然の災害など、人って本当にいついなくなるかわからないなって、今そばにいる家族や友人との日々の愛おしさを強く感じるようになった。
でも、いつもそばにあると忘れてしまう。
一緒に生きている今のことだって、何年後かには薄れて忘れてしまう。
いなくなった人のことも、忘れてしまう。
だから写したい。
一緒に生きていたこと。
その人がその姿でそこにいたこと。
なんの変哲もないけど、大変で幸せな日々があったこと。
どんな風に過ごしていたか。何を思っていたか。
伝えたいことっていったら、人って忘れちゃうんだよ、ってことかもしれないな。
だから、忘れないように撮る、よりも、忘れるから撮る。って言う。
洗練されたおしゃれな写真ではなくて、
家の中が散らかってても、洗濯物が干されてても、ご飯のお皿のデザインがバラバラでも、それをそのまま撮ってみたいと思っています。でも本当にそのまんま撮るのではたぶんだめなんだろうなと、まだそこらへんはちゃんとわからないでいます。
これとは別に、自分の撮るもの、撮りたいと惹かれるものに、廃墟やゴミなどがある。
廃墟と言っても荘厳なやつではなくて、空き家とか、乗り捨てられた自転車とか、
ゴミというのは家の裏に山積みにされて放置されてるものとか(ゴミと言ったら失礼かもしれない)、あとは、ちょっと朽ちているものとか。
撮った写真をみていて思うのは、
人がいた形跡のあるものに惹かれるのかなぁと。
今はいなくなってしまったけど、そこにいた人の面影みたいなのを感じる場所。年月の移ろいを感じるもの。
それも、誰かがいた痕跡を残したいという意味では、同じなのかなぁ?
もうすこし考えてみたいと思う。
長い文章を読んでくれて、ありがとうございました。
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