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声にできない大きい声

2021年3月30日、はじめて音楽文に投稿した文章です。あれからちょうど1年後の2022年3月31日をもって、サービスが終了することを知りました。転載にあたり、丁寧なご快諾を頂戴したロッキング・オン社に、厚く御礼申し上げます。

【声にできない大きい声】

ヤバイTシャツ屋さんがくれた
抑えきれない感情の理由


表があるから裏があるように、
生があるから死もある。

「生きて生きて生きて生きて生きておくれよ
 歯茎むき出しニコニコ笑って
 寿命で死ぬまで しっかり生きておくれ」

寿命で死ぬまで/ヤバイTシャツ屋さん

ヤバイTシャツ屋さん、4枚目のフルアルバム『You need the Tank-top』を初めて聴いたときから、このアルバムの最後に収録されている
<寿命で死ぬまで> を聴くと自然と涙が出た。

一聴して、こやまさんのおばあ様のことだと察したのもあるが、どうやらそれだけではない。どうにも込み上げて抑えきれない感情が、私の中には確かにあった。

現在の職場に配属されて間もない頃、とある社員から、くだらない扱いを受けた。それは実にくだらなく、今までの自分であれば、やってられるか!とあっさり転職を選んだだろうが、珍しく踏みとどまった。

仕事ができる人だった。自分に足りない部分を多く持っていた。失敗するたびに怒られた。さんざん嫌味も言われた。それ以上に、彼女の仕事力を吸収したい気持ちが上回った結果、現在に至る。なぜ彼女がそこまできつく当たるのか。本当の意味を知るのは、しばらく経ってからだった。


コロナ禍におけるヤバイTシャツ屋さんのツアーは、全70公演にも及んだ。なかでも数年前から公言し、完遂したZepp Tokyo 5daysは非常に印象深く、私は幸いにも最終日5日目の第二部を拝見することができた。

そこで初めて、<寿命で死ぬまで> をライブで聴くことができた。

ありぼぼさんの聴いたことのない上擦った声は、いつもの安定した歌声からは想像のつかないものだった。遠くからは、その表情を確認できなかったけれど、あとからその時のこと、そうなるに至った経緯を知ることができた。

声を出すことのできないライブで、どうにも湧き出る止まらない涙。心の中でだけ、あたり構わず大きい声で泣いた。いつも楽しいヤバイTシャツ屋さんのライブで、かつてこんなにも泣いたことがあっただろうか。自分でも驚いた。


もう治療はやめようと思って。
これ以上良くなることもないから。
今すぐではないけれど、仕事は辞めます。


私の他に誰もいない部屋。彼女の声は、か細かった。よくわからない感情が全身を駆けめぐり、私は自席に顔をつっぷして泣いた。気の利いた言葉は何ひとつ浮かばなかった。誰かが戻ってくるかもしれないから慌てて顔を拭った。平静を装うため、必死に笑った。完全に空回りしていた。

いつの間に信頼を得たのだろう。彼女の仕事に対する真摯さに、ただ喰らいつくことしかできなかった私に、誰よりも先にとても大切な話をしてくれた。


話してくださって、ありがとうございます。


唯一、どうにか伝えることができたのは、この一言だった。

私が配属された時から、彼女は癌と闘っていた。つらく苦しい治療をしながら、相当な痛みを堪えながら、ただまっすぐに仕事と向き合っていた。

私に何ができただろう。結果として何もできなかった。私ごときが泣いたところで何にもならない。涙がなんの足しになる?それなのに優先される自分の感情など、消えてなくなれと思った。

「幾つになっても 勘違いされて
  上手く出来ない
  自分の拙さや衰えに
  自分が誰よりも傷ついているでしょう」

「無理しないでよ 我儘を言ってよ
  いつでも電話掛けてよ
  幸せに暮らしてくれるなら
  それだけでいいんだから」

今一番、彼女に伝えたいことが、この曲に詰まっていた。どうにも込み上げて抑えきれない感情の理由が、ようやく分かった。

「あなたが居ないと寂しいけど
 音楽の力はまじで凄いから
 平気で何処までも届くと思った
 大きい声で歌った」

大きい声で歌うことを制限される今、
許されるのなら、この曲を歌いたい。
穏やかな終焉を選びゆく彼女に、
平気で何処までも届くと信じて。

【追記】
2022年2月15日。バレンタインデーの翌日、彼女は旅立ちました。そして2月22日、私たちは彼女を見送りました。彼女が大好きだったV6がBGMとして流れる斎場には、彼女が大好きだった美しい花々と一緒に、FCの会報やV6のグッズが添えられていました。彼女のことだから、もしかしたら「迷惑かけてごめんなさい」と思ってたかも知れない。「よくがんばったね、ありがとうね。」彼女のお母さまは、何度も何度も彼女に語りかけていました。目をつむる彼女は美しく、安堵したような穏やかな表情でした。

気の利いた言葉は見当たらないまま、ちょっと気を抜くと涙がこみ上げます。出会ってくれてありがとう。どうか、どうか安らかに。もうがんばらないで。これからはゆっくり休んでください。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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