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あいちトリエンナーレ感想:歴史編

今回のあいトリは津田大介氏が芸術監督ということもあり、政治的だったりジャーナリスティックな作品が少なくなかったけど、その中でも太平洋戦争時の日本軍のアジア侵略をテーマにしたものが複数あって、それらは全部すごく衝撃的だったし印象に残った。

その中でもやっぱり別格で強烈な体験だったのか、豊田市・喜楽亭のホ―・ツーニェン「旅館アポリア」。

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この喜楽亭は戦前に建てられた料亭で、戦前は海軍の兵隊、戦後はトヨタの偉い人たちで賑わったらしいけど、戦争末期には「草薙隊」という特攻部隊が最期の一夜を過ごす場所として使われたらしい。

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もうそれを知るだけで、建物の風景が一変して見える。
最初に行った時は45分待ちと言われて断念。後日再訪してやっと入れた。

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こんな感じで、和室にでかいスクリーンが貼られて映像作品が流れている。12分の映像作品が1階に3本、2階に4本あって、部屋を移動しながら作品を見ていく。
1階ではこの喜楽亭の歴史、草薙隊の話、そして戦前に初めて飛行機で太平洋を横断した人の話(衝撃…)が語られる。2階では京都の思想家の言葉と、映画監督の小津安二郎や漫画家の横山隆一が戦時中にどう振る舞ったのかが語られる。

…っていう概要を紹介することはできるけど、映像、語り、音、振動、そしてこの建物の存在感が混ざりあった空間の異様な雰囲気はどうがんばっても伝わる気がしない。
映像ではのっぺらぼうの顔がこちらを見つめ、語りはいくつもの声が重ねられてあの世からの声みたいにも聴こえる。そして映像が終盤に近づくと、建物の柱や壁がガタガタと振動する(草薙隊が飛び立つ時、まさにこんなふうに建物全体が揺れたんだろう)。

それは「映像を観た」なんてレベルじゃ全然なくて、まさに私の人生としての体験で、喜楽亭を出た時にはフラフラになったし、今でも思い出して眠れなくなる。
それでもできればもう一回観たかったし、あいトリが終わると同時にこの作品が解体されるのは本当にもったいないと思う。

この中の「京都の思想家」というのは海軍のブレーンになっていて、海軍は日米開戦には反対してたけど、日本のアジア侵略には肯定的だった。そのロジックは私には難解すぎて全然咀嚼できなかったけど、アジア侵略はそういう人たちの思想を基に行われていたらしい。

そんな「旅館アポリア」とどうしても繋げてしまいたくなるのが、高山明「パブリックスピーチ・プロジェクト」。

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岡倉天心『東洋の理想』、孫文『大アジア主義』、柳宗悦『朝鮮の友に贈る書』という「アジアとの連帯」を謳った戦前のテキストを若いラッパーが読み上げ、最終的にはそれぞれがそこから連想した楽曲を作ってライブを行うというもの(重ね重ね、Moment Joonのラップは鮮烈だった)。

「アジアはひとつ」「西洋から虐げられないよう、東洋は連帯しよう」みたいな内容のテキスト自体は平和主義的なものなんだけど、その言葉は作者の意図から離れて悪用され、アジア侵略の口実に使われた。「アジアはひとつなんだから、お前の国も日本になれ」と。
戦争は文学だって映画だって漫画だって命だって、使えるものは何でも容赦なく利用する。「旅館アポリア」の2階で「芸術が戦争の役に立たなくていいなんて道理はない」っていう当時の軍人だか役人の言葉が使われてたけど、こういう言葉が「普通」になるのが戦争の恐ろしさなんだろう。

アジア諸国の日本化。それが実際にどんなものだったのか。
台湾は1895年から50年の間日本に統治されていて、今でも台湾のお年寄りには日本語を話せる人がたくさんいる。
円頓寺エリアの毒山凡太郎「君之代」は、そんな台湾のお年寄りに日本統治時代の話を訊いたり、覚えてる軍歌や童謡を歌ってもらったり、教育勅語を暗唱してもらう映像作品。

みんな本当に日本語がうまい。知らなかったら日本人だと思うレベル。
「日本語下手でしょ。年を取って、どんどん忘れていっちゃうんだよね〜」って超流暢に話すおじいちゃん。「普段日本語を話す相手がいないからねぇ」って話す姿を見て、子供の頃にどれだけ叩き込まれていたかを想像する。

でもみんな日本統治時代が「思い出したくない辛いもの」かと言うとそうでもなさそうで、「先生は厳しかった。棒で殴られた」という人もいれば「先生は優しかったよ」って言う人もいる。軍歌や童謡を歌い始めて止まらない人も、得意げに「朕おもうに〜」って教育勅語を暗唱する人もいる。笑いながら「天皇陛下バンザーイ」って言う人もいる。「日本に統治されてなかったら今の台湾は無いからね」っていう人もいる。結果としては、悪いことばかりじゃなかったのかもしれない。

(ちなみに毒山凡太郎はこれ以外に「名古屋名物ういろうで桜の木を作る」っていう作品もあって、謎すぎて面白かった)

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その後、名古屋市美術館でまさに「君之代」と呼応する作品を見た。
藤井光「無情」。

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台湾人の若者を「日本人化」するための施設「国民道場」の様子を収めた10分ほどの記録映像。「日本人化」したあとは、日本軍として戦争に加担させる。
国民道場の訓練や規律は刑務所とどっかの新興宗教の間みたいな感じで、水に飛び込んで同じ動きを繰り返しながら声を上げ続けたり、ものすごく異様で、とてもじゃないけど「良いもの」には見えなかった。

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その横には4枚の映像があって、そこでは愛知県に住んでいるアジアの若者が、国民道場と全く同じふるまいを真剣に演じている。さっきの映像の異様さはますます膨れ上がり、日本人としてなんとも言えない気持ちになる。
と同時に、「君之代」でニコニコと軍歌を歌うおじいちゃんやおばあちゃんを思い出す。この2作品の間にあるものはなんだろう。

最後に、一見全然関係ないようなおもしろい作品を。

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葛宇路(グゥ・ユルー)「葛宇路」。右側の道路標識が作品です。
葛宇路さんは自分の名前が道の名前っぽいなーと思って(日本人なら例えば「高田大道」とかそんな感じかな)、ある日北京のそのへんの道に勝手に自分の名前の標識を設置。それが誰にもバレず、やがてだんだんそのニセ道路名が定着し、グーグルマップに載り、しまいには「葛宇路」で郵便物や宅配便も届くようになったと。でもその後行政にバレて、中国で大問題になったらしい。
この標識と一緒に、グーグルマップのスクショや郵便物、そして問題になった時の中国のニュース映像も掲示されてた。

かなりやんちゃな作品で、「すげえなw」と思って見てたんだけど、これって「1ミリも火のない所にだって、さもそれっぽく堂々とふるまえば自然と煙が立ってくる」ってことなのでは…?と思ってぞっとした。
日本の加害の歴史を「自虐史観」として忌み嫌い、「慰安婦は捏造」「南京事件はなかった」と言う人たち……

葛宇路氏にそんな意図は全然ないかもだけど、こうやっていろんな作品をまとめて見ることで、自分なりの考えを巡らせることができるのも、こういう芸術祭の醍醐味なのかなと。

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