ゴシック・ロリィタ・ロックンロール・エチケットVol.2〜ロックの街の屋根裏から〜

形骸化した伝説のライブハウスは抜け殻のような気だるさが漂う。昼下がりだった。エレベーターで街に出る。

へとへとになった背中に木と鉄でできた塊を背負う。眠たい。
もはやここは音楽の街でも何でもない。古着を纏った大学生のキィキィした声が響いて頭が焼かれるようだった。

急いで着替えたせいでくしゃくしゃになったパニエの裾を引っ張る。今日もこの街で居場所を見つけることはできなかった私たちはハンバーガーチェーンのハイネケンを煽った。

隣では宗教勧誘を受ける若者、カードゲームに興じる者、胡乱な目でスマホを見つめる人。

今日は朝早かった。別件のスタジオまであと5時間はある。
この町でこんな重いものを背負ってやることなんかない。

机に突っ伏して目を閉じていると、いつのまにか眠気に負けていた。

「ハガレちゃん、起きて?」
目を覚まして飛び起きると隣にいたはずのモヒカン大男がおらず、金髪姫カットの姫袖のブラウスとシュガーブーケを纏ったロリィタの美少女がニコニコと笑いながらハイネケンをプラスチックカップに注いでいた。

「あの、うちのモヒカンは?」

「ハガレちゃんさぁ、さっきのライブ、腹立ってるでしょ」

「え、あの、うちのモヒカンは、てか、誰?」

「今日のライブ、他の対バンも誰も客呼ばないし、ハガレちゃんたちのバンドだって何人かお友達が来てくれたけど、新規で聞いてくれる人は1人も居なかったね!」

「えっ、あぁ、まぁ?うん...」

「ライブなんて見てくれる人がいて初めてやって意味のあるものなのに誰もお客さん呼ばないし、ブッカーはずっとカウンターでタバコ吸ってステージも観に来ないし清算のときだって一個もコメントしないし、PAの前でだけやるライブってさぁ。意味あんの?ってキレてるよね!」

美少女はニコニコしながら毒を吐く。ペラペラ喋って喉が渇いたのかハイネケンをゴクゴクと飲んだ。

「今日のライブは内輪向けの発表会になっちゃったなぁ。ほんとにこんなライブしてめ今後に繋がるのかな??なんて思ってるでしょ」

美少女は残り一口のハイネケンを飲み干すとこう言った。

「でもねぇ、ハガレちゃん。バンドの集客ってねぇ、内輪を広げることなんだよ。今日対バンしてくれた人は絶対今度のあなたのライブには来ないよ。でも今日来てくれたあなたのお客さんたちはまたお宅のライブに来てくれると思うよ?」

「まぁな、ありがたい話だよ」

「何でかって君らのことが大好きな内輪のみんなだからね!あなたが普段冷笑しているエモい歌詞を高い声で歌ってキャーキャー言われてるバンドだって内輪を広げまくってあそこに立ってるんだよ??ねぇ、ハガレちゃん。あなたのことを愛してくれる内輪をもっと広げて内輪で盆ダンスできるくらいにならないと!ねぇ!サーカスはまだ遠いよ???」

「ボンダンス?サーカス??」

「デカダンスでも盆ダンスでも同じよ?お前みてぇなカルトチックインストゥルメンタルバンドはな、お前ら自身を好きになってもらって集客しろよ!歌詞がねぇと人となりが見えないんだよ!お前ら裏で何しててもおかしくない見た目してんだから」

「何でうちのライブを見たこともないお前からそんな言われ方しないといけないんだよ、そもそもお前誰なんだよ。」

美少女の目がくるくる回りだす。大きい瞳に嵌め込まれたカラコンは僕と同じハパクリスティンのドーリークリスティンだった。

「ハガレちゃんが何で言おうとここは音楽の街だよ。そこに受け入れられなかったお宅の音楽はどこに行くの??」

「わからん」

「西東京で暴れるしかないのよ、あんたみたいなのは。高円寺中野間でマグナカート引きずって、せいぜいアンタらを愛してくれる内輪を世界中に広げなさい。あんたが大好きな、顔にヒビが入ったボーカリストみたいにね」

くるくる回った大きな目に酔った。クラクラと目眩がする。知らない女に何でそこまでごちゃごちゃ言われなきゃいけないんだ。二度とこの街でブッキングライブには出たくねぇ。

ふっと息が切れるような感覚がして飛び起きた、白い壁が冴え渡って一気に目が覚めた。机に突っ伏して寝ていたから身体中が痛い。
隣ではいつも通りモヒカンが空になったハイネケンを恨めしげに眺めていた。

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