ゴシック・ロリィタ・ロックンロール・エチケット〜住宅街の亜空間から、優雅な孤独より愛を込めて〜
楽屋に恋人かなんだか知らないが、演者・スタッフ以外の客を入れてるバンドマンにドロップキック。
みなさんこんにちは、ADDICTIONというバンドでゴスロリでウロウロしている赤花ハガレです。
昔のバンドブームに活躍したバンドマンの楽屋には所謂楽屋女という人種が一定数存在した。
メンバーの彼女ということもあったし、パトロンということもあったが、そのほとんどはマネージャー気取りでいじられ役のメンバーに偉そうに口出ししてソファを占領しているギャルだった。
楽屋女は楽屋からメンバーと一緒にドヤ顔で出てくる。他の出待ちのファンにマウントを取る、「キーッ!あの女!タツヤとアベック気取りで!許さない!」と噂されたら勝ちである。
昔のマウント合戦というのは凄くて、今ではInstagramで匂わせたりマウントの取り方も多様化してきたが。
楽屋から出てきて顔が割れた状態でマウントを取る。これは怖い。ライブ中に後ろから刺されるかもしれない。
生身でマウントを取ることの恐ろしさよ。
そんなほぼ絶滅したと思われていた楽屋女だが、先日のライブでまだ存在していたことを知った。ただし奴らは容姿もも営業形態も思想も何もかも変わっていた。
今日はブッキングライブで何バンドかのロックバンドがそれぞれ思い思いにかっこいい演奏をぶちかましたいい日だった。
久々に人前でピック弾きやって、ベースをしばき続けた。
我々の演奏も概ね好評で、トッパーだったこともありガチャガチャのまま放置してしまったエフェクターボードの整理でもしようかなと楽屋に戻った。
楽屋には全く知らない金髪の男が居た。どこかのスタッフだろうか?ただ服にパスはついていない。楽屋にいるということはでもまぁ関係者なんだろうな...と思い軽く会釈して機材を片付けていく。
服着替えるか、と着替え用のスペースに入る。するとちょうど入れ違いに対バンの弾き語りギャルが楽屋に入ってくる。
「ごめーん!じゃあ、始めようか」
明るい声が響く、何が始まるのだろうか。
すると楽屋が暗くなり、チラチラとミラーボールのようなものが回りだす。なんだこれは。派手なハウスミュージックが鳴り響き、挙げ句の果てにゾロゾロとホスト風の男が楽屋に入ってくる。
完全に出るタイミングを失ってしまった。着替え用のブースのカーテンからそっと抜けることもできない。
えっ。何。こわい。
「なんとなんと!!!素敵な姫様から!!!シャンパンタワー!!!頂きました!!!」
男の大きな声が響く、チラチラと輝くミラーボールに視界をやられて立てなくなってしまった。頭がガンガンする。ここはライブハウスの楽屋だ。その筈だったが何だか亜空間に来てしまった。
「アンタ、大丈夫?流石に心配になるわ」
目を開けると金髪シュガーブーケの美少女が立っていた。こいつが誰だかいまだに分からないが、今は知ってる顔があるだけで心強い。
「ここは何??ライブハウスの楽屋だよね?」
「ここはもはやライブハウスではないわ、亜空間ホストクラブよ」
「亜空間ホストクラブ!?!?」
「あんた、1人のライブってやったことある?」
「え、ないけど...」
「弾き語りとか、他のメンバーが先に帰った時、周りのバンドがメンバーとワイワイしてたら、寂しいのよ」
「あ、それは昔弾き語りやってる友達が言ってたな」
「緊張しても、いいライブをしても、悪いライブをしても、それを共有できるメンバーや周りがいない時、そんな孤独感を紛らわしてくれるのがこの亜空間ホストクラブよ」
シュガーブーケに反射したミラーボールが揺れる。チラチラと輝いて綺麗だった。
カーテンの外からは激しいダンスミュージックとビンの割れる音。
「もっとちょうだい もっとちょうだい 姫の歌声もっとちょうだい!!!!!ラ・ラ・サイサイサイッなんと 超超 可愛い 素敵な 姫から 素晴らしいアクトいただきます!!!」
覗き込むと、男たちのコールの中さっきまでステージの上でギターを抱えて歌っていた女の子が濁った炭酸水を飲み干す。
「まずい、アレを飲んでしまったら...!」
シュガーブーケの顔が強張る。
「アレを飲んだバンドマンは2度と、この亜空間ホストクラブから逃れられなくなる!ズブズブに漬け込まれて、煮込まれて、めちゃくちゃ働かされるけどノルマも払えないくらい搾り取られるのよ」
「ほげぇ...」
「ステージの上はアンタも好きよね?」
「うん、演奏後の雰囲気とか、この世で1番承認欲求が満たされて、最高。」
「あの濁ったシャンパンを飲んでしまうと、ここの亜空間でしか承認欲求が満たせなくなる、結果、ライブよりも楽屋での亜空間ホストクラブにハマって、あの子は2度と心からステージを楽しめなくなるわ」
「えげつないなぁ」
「私にはここしかない、ここでしか認められない、そんな気になってしまって、ライブが目的か楽屋でホストとイチャつくのが目的なのか分からなくなるの」
「それは本当のホストと一緒なのね」
その時だった、楽屋に1人の明るい青年が入ってきた。
「〜さん!今日のライブめっちゃかっこよかったです!俺3曲目とかめっちゃ好きで!彼女に会いたくなりました。切ない感じで、またギターも上手いしそれから声の出し方!痺れました!また対バンしたいです!!」
別の対バンの男の子だ。
さっき飲み干したシャンパンが口から溢れた、ドロドロとした濁った液体はサラサラと透き通り、それは涙のように見えた。
「思い出したのね、ステージの喜びを」
その瞬間タワーは崩れ落ち、割れた破片はチラチラと星屑のように舞っていった。
あれだけいた男たちも消えていき、何事もなかったように楽屋は元通りになった。
どさくさに紛れてカーテンから出る。シュガーブーケも気づいたら消えていた。
楽屋にはパスをつけてない男が彼女の傍に居た。いや、関係ない奴連れ込んでるのは連れ込んでんのかい。
あとは普通に色んなバンドと和気藹々と話して早めに帰った。明日も仕事だ。
「赤花さん、デリバリー型亜空間ホストクラブって知ってる?」
職場のお局にそんなことを聞かれた。
「なんですかそれ、ヤバそうな名前ですね。」
調べてみるとそれはでっかい土地のスススス市を拠点に活動している大規模ホストグループが提供しているデリバリー型亜空間ホストクラブシステムだった。
孤独感を抱えた地下アイドルや引きこもりの高齢女性等、多岐にわたるニーズに寄り添って全国各地に亜空間ごとデリバリーするホストクラブらしい。
「それからこれ、差し入れ、バンドマンに人気らしいよ」
お局から渡された名刺にはデリバリー型亜空間システムの代表を務めるギラギラした男の写真、連絡先が記載されていた。
いつだって、この世の中には孤独と悲しみが溢れている。対バンが沢山いたって、友達になったって、ステージに上がれば誰が1番かっこいいかの勝負だ。演者はいつだってどこか孤独だ。
どれだけ仲良い友達の、かっこいいライブを見ても、かっこいいなぁ、すごいなぁ、よりも腹が立つ。絶対負けたくないと思う。
私だって私を全肯定してくれる人にいつだってそばにいて欲しい。ハガレはいつでも1番カッコいいよって。
わかる、わかるけど。そもそもの話、そもそもの話はさ。
「うーん、楽屋に演者とスタッフ以外の人間入れるの、普通に迷惑になるんで、私は要らないっすねぇ」