日記のメモ書き2023/08/04

振り返り
・「原爆と戦争展」設営手伝い
・いろんなひととのお喋り

かつて曾祖母が語り部をしていた、今は母が被ばく体験記朗読をする中で関わっている団体の展示「戦争と原爆展」のお手伝いにいく

朝から10名弱集まり、パネルの設置。資料の本を並べ、戦時の物品など並べる。骨の折れる作業

午後から開場なのでそれまでにお昼を食べに行く
パワフルでチャーミングなおばあちゃんの証言者さんと一緒にランチ
わーわー冗談言いながら喋ってたおばあちゃんが、1時間後には記憶を引っ張り出しながら被ばくの証言をしてる
そういうことなのだということ

しっかりして責任感のある、ちょっといつも頑張りすぎで心配なおじいさん
やさしくて丁寧な人
幼少期から近年のことまでずっと聞く
時に笑いながら、人生を聞く
中学生の頃は身体がわるくて痩せているのがコンプレックスだったこと、それで辛くて泣いた話、父親に似ず字が下手だという話、弟や妹は年が離れているから褒めて育てられてずいぶん違ったとか、急にお見合いさせられて結局結婚したとか、ガンの手術をして退院したあとひとり暮らしがしんどかったとか、最近息子がビールを飲むようになったとか
あっちやこっちやしながら、原爆のことだけじゃなくて、その人の人生と家族と出会った人々とどう関わってきたか、自分自身とどう関わってきたかのはなしをずっと聞く
そこにしかない実感がある

元気で耳が遠いおじいさん九十後半だとおもう
一緒に鶴を折る
「小さいときは男の子はこういう遊びはせんかったけぇ」ってあっちやこっちや街生まれだったその人が遊び回ったはなし
当時4階だてだったデパートで遊んで怒られたとか、お寺で遊んだとか、ポプラの葉の筋で引っ張り合い(松の葉相撲的な)をしたとか、教育勅語はまだ空で言えるとか
「わしゃ原爆の話は上手うないけぇ」
といって、でも昔の話を聞かせてくれる
うれしそうに聞こえる

そのあと少しうろうろっとして、ここに、と一冊の青い表紙の文集を取り出して見せてくれた
「これが弟よ」
表の中に弟さんの名前がある。
弟さんと何歳ちがいだったか、何の仕事をしてたか、質問してみる
答えてくれるその時のにこやかな思い出と共に
職場の話を辿っていくと、少し間があいた
言葉をまつと、あのとき、の話になった
話してくれなくてもいいとおもっている、でもどこかで原爆の時の話を聞こうとしている、そのチャンスがあるならば
(今覚えば、どうだろうそのおじいさんもすこしは話したかったのかもしれないと思うし、でも求められている気がしたから話したのかもしれないけれど)

その後の暮らしの話を聞く
色んな会社で働いて波瀾万丈、まだまだ話はあるけどこれくらいでって
あとで「聞いてくれてありがとう」って
オロナミンCをくれた
それを飲みながらまた、お仕事遍歴を聞く
失敗も驚きもたくさん、ずいぶん激動みたい
でもほんとうに声色が楽しそうで
よかった、と思う
いつでも話すよ
小説書いてよって
自分の人生を前に向いて捉えている肯定的に

今日話をきいたお三方とも、自分の人生を豊穣なものだったと感じてることが伝わる。

一方で、ちからない私にも出会う
考えたくない自分がいる
新しいことに触れて痛みに寄り添う余裕がない
でもそんなにのんびり構えても居られないと頭では分かっているけど。

今日の中国新聞
戦争や原爆の話がいくついくつも






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