『ようこそ映画音響の世界へ』を観た

映画館に行く理由に「音響設備が良いから」を挙げる人は多いと思う。
音に関して言うと、サウンドトラックやテーマソング、いわゆる「映画音楽」に注目する人もかなりいるだろう。
しかし、「映画音響」に特別に関心を持って映画を観る人はそう多くないのではないだろうか。
アカデミー賞には音響編集賞や録音賞があるが、このことを知らない人もいるのではないだろうか。

Amazonで「映画 撮影」の本を検索すると、2000件以上もヒットした。
一方「映画 音響」だと169件。しかも2ページ目あたりで「映像研には手を出すな!」も混じっている。
まあ思ったより多かったけど、その差は10倍以上ある。
個人の感覚としてもそんな感じかなと思う。撮影技術の本、脚本に関する本は読んだことがあるが、映画の音響に関する本は読んだことがないし、そもそも今回調べてみて本が存在することを知った。

そんな知る人ぞ知る映画音響を知ることができるのが、『ようこそ映画音響の世界へ』である。

映画音響って何

そもそも映画音響ってなんやねんという話である。劇伴とかそういうこと?
実は答えは公式サイトに載っている。
少しスクロールすると現れる半円状の図にそれは書かれている。

http://eigaonkyo.com/

大きな括りで、「声」「効果音」「音楽」は見ればわかる。
「PRODUCTION RECORDING」とか「DIALOGUE EDITING」あたりはちょっと長めの文字列だけどなんとなくわかりそう。「ADR」は?「FOLEY」は?どうも「映画音響」というのは劇伴だけでないし、たくさんの人が動いてつくられているようである。

「で、結局映画音響ってなんやねん」と思われる方は、ぜひこの映画を観ていただきたい。
そもそも、それこそがこの映画の肝の1つであると思うので、気になったらぜひ映画を観ていただきたい。
なお、ADRとかFOLEYは単語として知らないだけで、おそらく調べれば「ああ、あれのことか」とわかるはず。
でも、なぜこれが必要なのか、どういうときに使うのか、そしてプロがどんなことを考えながらやっているのかを実例をあげて知りたければ、ぜひ本作を観ていただきたい。

映画音響の世界がどんなものか、例だけ上げておくと、

● R2-D2は人間の言葉を話さないが、何を言っているか理解できる。
● プライベート・ライアンの戦闘シーンではトム・ハンクスしかほとんど写っていないのに上空や背後など画面外の状況がわかる。
● トップガンの戦闘機の音を本物以上に本物”みたい”に見せる。

例えばこんなふうに映画を助けるのが、映画音響の仕事の一部である。
繰り返しウザいですが、「どういうこと?」と気になったらぜひ本作を観ていただきたい。

ただの映画の技術の紹介ではない

『「感情」から書く脚本術』(カール・イグレイシアス[著]、島内哲朗[訳])には、こんなことが書かれていた。

もし、あなたが映画の「魔法」を信じたいのなら、今すぐこの本を書棚に戻して、読まないことをお勧めする。本書は、上級テクニックを紹介することによって、銀幕の魔法を解体してしまうのだ。

なるほど確かに、裏側を観て「ええ…」となることはありますね。
アイドルとか、表で辛い顔は見せるな!厨結構いますし。1度辛い面を見てしまうとライブとかでそのことがちらついて楽しめなくなっちゃうらしいですね。

「ようこそ映画音響の世界へ」において、そのへんの心配はいらない(はず。私はもともと裏側を見ても問題ない派閥なので、あてにならないかもだけど)。
前述の『「感情」から書く脚本術』によれば、

映画は感情商売だ。

とのことである。
「ようこそ映画音響の世界へ」には音響技術の話ももちろんあるが、映画音響に関する歴史を映画音響に関する最重要人物たちの「語り」によって紐解きながら見せてくれる映画である。

そして歴史があるということは、そこにドラマもあるわけである。
映画音響が一定の地位を得るまでのこと、そして地位を得る前も得たあとも変わらない、映画の音響にかける情熱が、映画音響の技師たちだけでなくジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグ、デヴィッド・リンチといった錚々たる映画監督の証言も含めて語られる。

この映画はまず「最も感情を揺さぶるものは音である」と語られる。
「嘘だろ」と思うだろう。私も思った。でも最後まで見れば「マジじゃん」と思い直すことだろう。

映画を楽しむための視点が増えるぞ

古典映画を観てもピンとこなかったという経験がある人もいると思う。
私にとっては『市民ケーン』がまさにそれ。

『市民ケーン』、古典かつピンとこない映画ではかなり上位に食い込みそう(大変失礼)な映画だと思う。
映像の作りから観る当時における新規性に関して考察されたサイトはたくさんあるが、少なくとも私が本作を観た際には、音響について考察されたサイトは見つけられなかった。

『ようこそ映画音響の世界へ』では実際の映画の映像が引用されながらそれぞれの音響について詳細が語られる。
そして『市民ケーン』も当然のように取り上げられている。

『市民ケーン』における映像のテクニックは、どれも今観れば普通のことである。
前述の通り映像の撮り方に関する本もたくさんあるため、考察サイトの情報と自分の知識とすりあわせて理解した気になってしまった。

一方で、音響の面で語られると、「何それ知らん」となる。
いや普通に考えればそうなることは物理現象としてはわかるけど、映画でわざわざそういうふうに音で演出してるんだよ、と言われると「知らん」となる。
画面上での演出はなんか理解できる気になるけど、音響上の演出は見てみないと理解できない感触がある。
もう一度『市民ケーン』を見直したくなった。

最後に

映画の音響に関する知識は、「音録音してただ流してるわけじゃない」「音楽はあったりなかったりするし、長さとかも映像の雰囲気に合うように決められてる」とかそれぐらいのものだったから、音響に関してはセリフと音楽くらいしか意識していなかった。
申し訳ないことで、音楽・セリフ以外の音響は「映画の脇役」くらいの感覚だった。
しかしそれは全然間違っていることを知った。
映画音響は言うなれば、「映画の相棒」くらいに欠かせないパーツである。

『ようこそ映画音響の世界へ』を観たあとは、音のひとつひとつに意味を感じながら映画を観ることができるようになる。
映画を観る視点が増えて、映画をもっと楽しめるようになる。
ミニシアター系の映画ではあるが、ぜひ多くの映画好きの方に観ていただきたい。

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