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パブリックアートとしての岡本太郎『明日の神話』


 禍々しい。圧倒されてしまう迫力と大きさをこの画面から感じる。岡本太郎『明日の神話』だ。同作品は1968年からたった1年間で完成しアクリル系の塗料から描かれる。
縦5メートル横30メートルという極端に横長のキャンバスの中心にはデフォルト化された骸骨が焼かれていて、火の動きから予想するに人だったものは熱さに苦しみ逃げ惑うようにしている。こちらからみて左上からは目を剥いた、白い生き物といっていいのか、とにかくちろちろと蛇のような赤い舌を出した丸いフォルムの何かが漫画的な表現を用いられながら骸骨に迫っていた。奇怪な生物の下にはこれまた不思議な、歯の鋭い下顎の出ている魚のようなものが描かれ狂気的なまでに丸い瞳孔を持っている。魚は赤く、こちらを不安にさせるような目線を投げてきた。では骸骨を挟んで反対側は何がいるのだろう。下から大きく燃え盛っている。その火と戯れているのは黄・緑の2色で出来たホールを持つ、ベルトのようなものだ。画面全体を目に入れた時一番左端にはまだ肉を付けた人間達がもつれるように色彩の渦に呑み込まれているのがわかる。
 原色と鈍色画面の端々に見える人の形をとっているのかすらあいまいなものたち。生き物のようで概念でもあるようなモチーフ。おそらく作品情報を得ておらずとも、誰が見たとしてもこの絵からネガティブな感情を受け取るだろう。それほどまでに恐ろしく目を背けたくなるような作品だ。激しい赤と目覚めるような黄色、際立たせるためにあるような青。制作者はきっとこの絵を描き終えた瞬間に全身の力が抜けてしまうのではないかと思わせられる。なぜ中心で人が燃えているような巨大な絵がここに置かれているのだろうか。

『明日の神話』は渋谷区の渋谷マークシティ内、京王井の頭線渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路に2008年10月から恒久設置された。石綿製の板に一部コンクリートを盛り付け、アクリル系の塗料で描かれたこの壁画は重さ14トンにも及ぶ。
 岡本太郎の代表作『太陽の塔』と対をなしていて彼のパブリックアートの頂点ともいわれている。禍々しい同作は核兵器(原爆・水爆)をテーマにしていて1968年1月27日付の『中国新聞』朝刊のインタビューでは「原爆が爆発し世界は混乱するが、人間はその災いと運命を乗り越え、未来を切り開いて行く―といった気持ちを表現した」と答えていた。彼の養女である岡本敏子も「焼かれる骸骨は口を大きく開けて笑っており、人間の誇りとしての怒りを爆発させている姿である」と解説しているように『明日の神話』はそのネガティブな見かけと反対に、むしろそれだからこそ人々の不屈な心を表現していると言って良いだろう。アヴァンギャルドな世界観は美術界に大きく影響を与えた。
 本来メキシコにあるホテルに設置されるはずだったがホテル自体が完成せず、結果として青山景観整備機構(SALF)が、壁画を所有する岡本太郎記念現代芸術振興財団の「永久保存」の望みによりそう形で渋谷マークシティに設置した。通勤通学、その他の用事、たくさんの人々がこの絵を目にするために初めは「なぜ被爆地でもないのにここに置かれているのか」「刺激が強すぎる」など否定的な意見もあったという。
 ただ私の意見としては岡本太郎の作品が時代の先端をゆく渋谷に置かれて賛否両論を起こし、語り継がれていくことは原爆の酷い事実を永遠に忘れないことにも繋がるし「Chim↑Pom事件」(若手美術グループが『明日の神話』の設置された場所にある空白にベニア板を貼り付けた)のようにカウンター式に新たな美術が生み出されることも素晴らしいと感じるのでこのパブリックアートは大成功なのではないかと思っている。