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音楽理論を、まとめる

 音楽という言葉、musicは「ギリシア神話の太陽神アポロンに仕える女神ムーサが支配している芸能や技術」といった意味が元となっている。つまり「ムーサ(Mousa)」がギリシア語で「ムーシケー」になりラテン語の「ムシカ(Musica)」へと繋がって、今日私たちが普段使う単語「ムジク(music)」に至ったのだ。ギリシア神話において女神ムーサは、全能の神ゼウスとティタン族に属するムネモシュネとの娘達であり、全員で九人もいる。ムーサは複数人いるとムサイと呼ばれる。初めはこのムサイそれぞれにはっきりとした役割の区分はなかったが、あとあと一人一人に司るものが割り振られた。各々の役割は直接的にしろ、間接的にしろ音楽と関わっているようだ。ムーサについては数々の言い伝えがあり、叙事詩人ヘシオドスが書いた『神統記』の序詞にもオリンポス十二神に続いて彼女達の記述があった。序詞の最後にムサイは世界が造られた事を物語る権利が与えられている。つまり、音楽は世界が生成される前にもう既に存在し、神々のものと考えられていたのだ。この音楽観はそのまま中世に受け継がれていくこととなる。
 中世、音楽は理論上三つに分類されていた。その中で私達が耳にできるのは「ムージカ・インストゥールメンタリース」だけである。音楽は神や宇宙の秩序と密接な関係にあると考えられていたため、神を賛美するのに用いられた。当時の人々がどれだけ音楽を重要視していたかは大学にある人文学部の必修科目からうかがうことができるだろう。なぜなら教養人を育成することが目的のアルテス・リベラーレスと呼ばれる基礎学問に音楽が含まれているからだ。
 しかし数学者ピュタゴラスの発想はこの世論に一石を投じることとなる。彼は奏でると重なって聞こえる完全5度や4度と数比の対応関係を発見したのだ。平たく言えば素晴らしい音程にも法則があり、決して神が人間に与えたものではなかった。
 神を中心に考える中世こそ調和がとれた完全音程の5度と4度を音楽に用いてきたが、人間性の開放や個性の尊重をうたったルネサンスは、より人が聞いて心地の良い3度を選んだ。そのルネサンスを代表する作曲家がジョスカン・デプレである。彼の名曲《アヴェ・マリア》は「カノン」を駆使して作られた。「カノン」は通模倣様式と呼ばれる技法で、一曲の中で過剰になりがちな音の情報量を抑えて混乱をなくし3度のごとく人が聞きやすくするためにある。この、一つの作品にある情報を整理する方式は音楽だけではなく遠近法として絵画にも使われていた。中世ならば基本的に芸術は神にささげるものであるため、人間から見てどのように感じるかは論外である。しかしながらルネサンスに移り変わって、芸術は人間のために存在するようになった。
 音楽体系の変遷は世の中を映し出す重要な鏡だったのだ。