『ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉』を見てきた

と言っても、先々週も行ってたりするので二回目の視聴なんですけど。
思うこと書きたいのでネタバレ上等の方向です。これから映画観るねん、って人は読まない方がいいかも。



物語はジャングルポケットを軸にして展開していくわけなんだけど、少し前の世代にはフジキセキ、覇王の時代と呼ばれる無敵のキャラがいて、同世代にアグネスタキオンという天才がいて。物語を読むには確かにジャングルポケットを主人公にすればとても分かりやすかったと思う。ウマ娘とはなんぞや? とか、レース? とか考えずに「走ることに特化したケモ耳尻尾の可愛いヤツら(なぜかキャラが濃いやつも多い)」くらいにゆるい知識でも楽しめるような構成だったと思う。レースの名前とか芝の状態とか距離も、とりあえず全部おいといて、こいつがめちゃくちゃ強いらしい、こいつはラスボスらしい? みたいなゆるい見方で十分だと思う。

で。色んなキャラがいて。それぞれに物語があって。G1レースに上がってくるような強キャラですよ、ダンツフレームはじぶんが「取り柄は何もない、けど私だって勝ちたい」ってセリフあるんですけど。そのレースのスタート地点に立ってることがすでに強さを証明してるとは思うんですけど。それでは納得してないんですよ、彼女。そこがまたすごいとこだったりする。

とか何とか言いながら。私はどうしても、フジキセキ先輩に引力というか磁力感じて引き寄せられてるんですけど。
弥生賞を勝ったのに、足の故障で走り続けられなくなったフジキセキ、というのは途中でふわっと投げて寄越す感じです。怪我はウマ娘には付き物だから、いつ突然走れなくなるか誰も分からないって、突然突きつけて来るんすよね、突然。ああ、だからいつもトレーナーの隣に制服姿で居たのか、って唐突に気付かされるんですよ。

で。ジャパンカップのあとだったかな、ポッケが勝ったのを見届けて、トレーナーと顔を見合せた時の目の輝き。
それから。夏祭りだったかな? 「君の走りを見て、私もまた走りたくなったよ……なんてね」

「……なんてね」は自分の時代は終わってるとか、今更とか、色んな恐怖をないまぜにして誤魔化した言葉だと思ったんですけど。走りたいと思ってしまったのは、フジキセキの本心だったはず。そんな気がします。

史実では、レースを引退したは、繁殖とか乗馬とか次へコマを進めないといけないけれども、ウマ娘って世界観では、フジキセキはまだ走れるんですよね、学生だし。在学中だし。気持ちさえあれば走ることが出来る、これがウマ娘世界での『救い』『救済』だな、という気はします。


これは完全に独り言だし。フジ先輩が言うように『たられば』なんてないのだけれども。
私も、弥生賞を取った、みたいな時があったと思います。弥生賞みたいな大きなレースじゃないけどさ! 走って、楽しくて、それで勝てたことがある、と思う。なんで折れたかなんてのは、まぁ、いまだによくわからないのよね。本人がいちばんわかってないかもしれない。楽しくない、苦しい、つらいって思ったからやめた、それだけの話だったかもしれません。

でも。なんかさ、ふと、あの時に走り続けられてたら、と考えることもあって。この世界に『たられば』はないけどさー。
でも。フジ先輩は走ったじゃん。現役の頃より足が重い、って感じながら。でも、一緒に走ったポッケには現役時代に引けを取らない走りだって感じさせる走りでさぁ。

あの、勝負服の胸元はけしからんですけれども!!!!! 非常にけしからんですけど!!!!

走っても、そこになんにもないかもしれない。届かないかもしれない。でも走りたい、って気持ち。

それに似た何かを、フジキセキに重ねて見てました。走れなくなって悔しかったこと、蹲ってしまうほど苦しかったこと。それも全部乗り越えて、走りたいって。走って。

弥生賞を見に行った時のポッケのサンキャッチャー風のペンダントに映ったフジキセキの笑顔がたまらなくて、初っ端から泣いてた。

どの子も、そこに到達するまでの物語があって、それらの糸を撚りあわせ、織り上げて、一本の反物を作ったみたいな感じだと思ってて。一本一本の糸それぞれがキラキラに輝いてるんすよ……

私は走れないけれども。走りたいと思ったフジ先輩の瞳の輝きに胸を焦がされて。約束の早朝に勝負服で現れた先輩に脳を焼かれたんですわ。

走れないけど。なんか胸がザワザワして、息が苦しくて落ち着きません。これが恋か!!!!!(そうかもしれない)

私ももう一回走りたいなぁ、と。思ってしまったのです。多分これは寝言だけど。
とりあえず寝ろ、寝ろ。脳が焼ききれてるわ、睡眠導入剤が全く効かねえwww

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