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YRは本日、創業6周年を迎えます。 / 海から笑顔であがってこれれば、それでいい / 6周年を迎えて、YRより感謝を込めて / 後記1,2

こんにちは。
本日、2021年3月21日日曜日を持って、創業6周年を迎えます。
これもひとえに、日頃よりご愛顧いただく皆さまがあってのこと。
心より、感謝の気持ちを申し上げます。

昨夜、家族で夜ご飯を食べているとき。
どのチャンネルをまわしても、テレビがつまらなかったので
なにかサーフィンの映像でも見よう、と。

そこで、ふと「ジョージ・カックルのLazy Days」というYoutubeチャンネルに、「Wingnut's Art of Long boarding」という作品が、アップロードされていたのを思い出しました。 

海から笑顔であがってこれれば、それでいい

この作品は1997年にVHSにて発売され、自分とりょうべいはもちろんのこと、世界中のサーファーに影響を与えました。また当時のHOW TO ビデオでは、記録的なセールスとなっています。ちょうど同時期に、りょうべいのお父様である丸山典由紀 / 通称ノリさんは、この作品の主役であるウィングナットが乗るロバートオーガストサーフボードの魅力に魅せられ、輸入販売代理事業をスタート。りょうべいはその父の背中を見て育ち、サーフィンの世界へと足を踏み入れていきます。

この作品はその後、パート2,3が発売され、3部作として完結します。

もともと自分の父は、ウィングナットの大ファンであり、この作品の大ファンでもありました。サーフィンを始めた頃は、「こんなにかっこいいロングボーダーはおらんだろう。この作品をよく見ておけ」と父から言われていたものです。

パート3の撮影時、自分は11歳。ロングボードを始めてちょうど1年が経った頃です。当時のJPSAロングボードのグランドチャンピオンだった河村正美氏のロングボードスクールが、自分の地元福岡で開催することを知り参加した時のこと。「今度ウィングナットが、(この作品の撮影で)来日し宮崎で撮影をする予定で、自分も出演するから、もしよかったら遊びにおいで。」と誘われたのです。もちろん会いに行きました。

そしていざ、ウィングナットとご対面。自分からウィングナットに「ロングボードが好きで乗っています」と話したら「シングルフィンなのか?それともトライフィンか?」と聞かれたので、「シングルフィンです」と言ったとき。ウィングナットは「それは素晴らしい。ぜひそのまま続けていってくれ」と嬉しそうに言ってくれました。この体験は疑う余地もなく、今の自分を支えています。この話は、これまでにいろんな雑誌でお伝えしてきましたが、何を隠そう、これが自分のルーツなのです。

そしてその後、自分はウィングナットと一緒に海に入ることができました。1ラウンドのみ、ウィングナットは撮影しながらではありましたが、自分は見事にウィングナットへの前乗りをかましました。笑 そのとき、ウィングナットはチーターファイブをしていたのですが、自分が前乗りしたのを見ると、ステップバックして波を譲ってくれたのです。その瞬間を、カメラマンの芝田満之氏は逃さず写真に残してくれて、後日メッセージを添えて自宅まで郵送してくれました。その写真には、まだあどけない表情で波に乗る自分のうしろで、チーターファイブしながら優しく嬉しそうに、微笑み見守るウィングナットが映っていました。その写真は、今も実家にて、父親の寝室の枕元にかざってあります。

まぁ、そんな話はさておいて。

記憶はうろ覚えですが、たしかなことは、パート3の撮影は宮崎で行われ、ノリさんはそれに帯同していました。りょうべいは当時16,7歳のころで、ロングボードの魅力にハマっていった頃。自分はというと、これらの体験をきっかけにさらにロングボードに魅せられて、プロサーファーを志すようになります。

そして4年後。プロ資格を獲得し、千葉への移住を決め、りょうべいと出会い、お付き合いがスタートしていきます。撮影当時、自分はノリさんと面識は持てなかったのですが、のちに会う時が結婚を申し込むご挨拶になるとは、思いもしませんでした。

りょうべいのお父様/ノリさんは、ロバートオーガストに魅せられ。自分の父は、ウィングナットに魅せられ。ロングボードに魅せられた自分とりょうべいはこのように、まるで導かれるように、現在へと至っています。

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そして、昨日。
この作品を、りょうべいとふたりで一緒に見たのですが。
僕は、冒頭のオープニングを見てすぐに涙が溢れ出てきて、それを抑えることができませんでした。

この作品はこのフレーズから始まるのです。

「Dedicated to : ALL THOSE WHO SURF WITH A SMILE ON YOUR FACE / いつも笑顔とともにサーフし続ける、全てのサーファーたちに。(捧げます。)」

続いて、インタビュワーはウィングナットに「ロングボードの魅了って?」とたずねると、ウィングナットはこう答えます。

「ロングボーディングの素晴らしさは、その自由さにあります。それは子供の頃、丘のてっぺんから自転車で駆け下りた時の、言葉に出来ないようなあの楽しさ。何気ないことだったけど、楽しかったよね。スピードで風が髪の毛をかき乱していくあの感覚。ロングボーディングも、ちょうどこれと同じなのです。スムーズなターンから自由にライディングして、スプレーを飛ばしながらのプルアウト。とてもシンプルな、まったく同じ楽しみなんです。あの子供の頃とね。」

そして、エンディングにおいては、ウィングナットはこのような言葉で作品を締めくくります。

「ロングボーディングでは、何を表現するかが重要です。それにはいろいろな方法があります。(中略) このように、たくさんのいろんなタイプの人がいて、たくさんのいろんなロングボーディングのタイプがある。誰が正しい、間違っているとかではなく、海から笑顔で上がってこれれば、それでいいのです。それが、楽しんでいるということなのだから。」

6周年を迎えて、YRより感謝を込めて

僕は、10歳でサーフィンを始めて現在に至るまでの21年間、運命的な人との出会いや波に乗る神秘的で深みのある魅力に魅せられ、導かれるように自分の人生を生きてきました。それは、とても小さな些細なことからとても大きく壮大なことまでを経験しつつ、サーフィンと自分の人生についてを、問うては模索する日々でした。確信を得たかと思えば、また序の口に引きずり込まれる。それでも、その先にある希望をともなった光を感じつつ、絶望をともなった暗闇に迷い込んでも、なんとか自分を信じてくぐりぬけてきました。これは、まるで「サーフィンそのもの」であり、またそれは今を生きるすべての人にとっても同じ「人生そのもの」だと、今に在ってそう感じます。

YRは、その人たちが誰一人も欠けることなく、サーフィンを楽しみ、そして愛してきたことで、今日6周年を迎えることができました。心より感謝の気持ちを申し上げます。ありがとうございます。

ぼくは、少し考えすぎていたのかもしれません。そして、誰かのために頑張りすぎていたのかもしれません。自分にとって、とてもシンプルで純粋な楽しみを提供してくれるサーフィン。今後はそのことを感じる気持ちを忘れずに、いつも笑顔とともにサーフし続ける全てのサーファーたちに向けて、自分たちのできることを精一杯、心を込めてやっていきたいと思います。もちろん、まだサーフィンに出会っていない人にも、こんなシンプルで素晴らしい世界観があることも伝えていきたいです。

時にはまた、暗闇に迷い込み、悩み苦しみ、塞ぎ込むこともあるかと思いますが、なにとぞご容赦ください。僕たちは人間なので、そんなことはこれからもたくさん起こり在るでしょう。完璧でちりひとつないサーフショップなんて、これっぽっちの魅力も感じません。完璧な人生なんてないし、完璧なライディングなんてないんです。だからこそ、サーフィンを楽しむことを忘れずに、海から笑顔であがってこれれば、それでいいのです。そう思い、そう信じます。

今日も今日とて、素晴らしい一日です。
皆さまにとっても、素晴らしい一日で在りますように。

日々忙しく家族のために、夫婦のために、子供のために日常を生きるりょうべいの想いも一緒に込めて。そして、よし子と太朗の幸溢れる未来を想いつつ。今後ともYRを、よろしくお願い申し上げます。

Yuta & Ryoko Sezutsu.
瀬筒雄太と良子より。


後記1 / 井澤さんとジョージさん

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左から、井澤聡朗さん、自分、そしてジョージカックルさん。
今回ご紹介したYoutubeチャンネル「ジョージ・カックルのLazy Days」のプロデュースを手がける井澤さんと、そのメインキャストであるジョージ・カックルさん。そしてお二人は、「Wingnut's art of longboarding」を手掛けたプロデューサーでもあります。

この写真は、2020年7月にYRを訪れてくださったときの1枚。日本版Surfer's Jornalの制作にも関わっていたお二人は、僕が記事を書いた特集「ロングボーダーの憂鬱」にて、多大なご尽力をいただきました。その特集を含んだ刊が2020年5月に世に発表されたあと、こんなこともあったよねぇと話をするために、YRを訪れてくださったのです。(そんなすべての機会をつくってくれた、日本版 Surfer's Jornalの現・副編集長/高橋淳くんにも感謝申し上げます。) 

「Wingnut's art of Longboarding」は、24年前に発売された古い作品のため、今では極めて入手困難です。ましてや媒体はVHSですので、テープの保存状態の良し悪し、ビデオデッキの有無によって、入手したとしても見れる可能性がかなり低い作品です。そんな中、ジョージさんのYoutubeにて作品を公開していただいたことは、今日のロングボーダーにとっては、願ってもないお恵みです。

こんなHow to ビデオは、今後お目にかかれないでしょう。たくさんの方から依頼されるHow to ビデオを僕自身が制作しないのは、この作品があまりにも秀逸だからです。それはわかりやすくテクニックを紹介する構成、編集、演出もさることながら、ウィングナットのユーモアを取り入れつつ、サーフィンの本質や魅力も合わせて表現しています。まだ見たことがない方は、必ず見ることをお勧めいたします。(最低10回は見ましょう。笑) 

今後パート2と3も公表されるとかされないとか... ちなみにパート3には、自分もちょこっと出演させていただきております。公表されたら、ぼくが11歳のときのサーフィンを見ることができます。楽しみだなぁ。

井澤さん、ジョージさん、いつもありがとうございます。
お二人が制作するYoutubeチャンネルは、コチラよりご覧いただけます。
また井澤さんは現在、日本版 The Surfer's Jornalの編集長もお務めなさっています。ソチラもぜひお読みください。そして、ジョージさんがパーソナリティを務めるラジオ番組「Lazy Sunday」は言わずとも知っていますよね。いつもRadiko.jpで聴いてます。みなさまもぜひ。

後記2 / 丸山典由紀氏、通称ノリさん。

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そして、りょうべいのお父様である、丸山典由紀氏 / 通称ノリさん。写真は江戸前亭雲國斎さんのFacebookページより拝借いたしました。

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ぼくはノリさんの全盛期やサーフィンしている姿を見たことがなく、知りません。そして、一緒に過ごした時間も少ないまま、2019年10月にお亡くなりになられました。ただその少しの時間でも、強烈な感性と人格、まさに我が道を行くその個性を感じた際には、ひたすら圧倒されるばかりでした。

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2015年、夏。御宿にて。バックサイドウォーキング by ノリさん。写真は江戸前亭雲國斎さんのFacebookページより拝借。

このフォーム。もう、あきらかにりょうべいに受け継がれています。彼女はノリさんのように、ハワイのビックウェーブやいすみの河口をグリグリに責めることはしませんが、そのスタイルは継承されています。

ノリさんは多くのお客様やサーファーに影響を与えたのだと、今となって周りからの話を聞いて、感服する限りです。ノリさんなくしてりょうべいなし、りょうべいなくしてYRなし。これはひっくり返りようのない事実です。もちろん、りょうべいの母・さちこもね。

6周年を迎えるにあたり、あらためて最大限の尊敬と敬意を表します。
YRのビハインドストーリーは、ホームページの「HISTORY」タブよりご覧いただけます。以下にもURLを貼り付けますので、この機会にぜひご覧ください。

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左から、雄太、りょうべい、ノリさん。
ちょうど6年前のYRオープニングにて。
ありがとう、ノリさん。

人生いろいろ、サーフィンいろいろ。
みなさま、いつもありがとうございます。
改めまして、今後ともYRをよろしくお願い申し上げます。

Yuta


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