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ミスター・ブルース

馴染みの小さな居酒屋で焼き鳥をつまんでいると入り口の引き戸がわずかに開き、初老の男が顔をのぞかせた。頬がこけ、白髪交じりのあごひげを無精に伸ばしている。

「2人なんだけど、いいかな。」

ハスキーな声でボソリと一言。小柄で細身、深めにかぶったボーラー帽から覗く眼光はするどく、生気に満ちていて、くたびれた外見とのギャップが際立つ。奥の席に通されたその男は年季の入ったギターケースを抱えていた。

カウンターの常連客が気がついて声を掛ける。

「やあ、めずらしいな。」

「ライブの打ち上げなんだよ。後でブルースも来るよ。」

「おお、ブルースも来るのか!久しぶりだなあ。」

バンドマンだ。

戦後間もないころから続いているこの学生街には、自分が生まれる前から営業しているライブハウスやイベントスペースがいくつもある。飲み屋に入れば「自称」がつくミュージシャン、役者、映画監督と、青春時代から今も現役で活動を続けているイケてるおじさん、おばさんと遭遇することも珍しくない。

しかしROCKテイスト溢れるこの男、ちょっと他とは違うそれっぽい雰囲気を漂わせている。そんな男の相棒である「ブルース」とはいったい何者なのか。

きっとブルース・ロックを奏でる、こちらも渋いナイス・ミドルだろう。売れ線の音楽には興味がなく、何十年も自分たちの音楽だけを追求している骨のある男たちのバンド。生意気な若いやつらとは喧嘩しちゃうような怖い面も持っていたりして。もしかすると僕が知らないだけで一部では名の知られたミュージシャンなのかもしれない。


頭の中で彼らのバイオグラフィーを編集していると、再び戸が開く音がした。

「久しぶり!おい、ブルースが来たぞ!」

振り返ると、そこには色白で赤ら顔、すこし腹の出た「普通のおじさん」が笑顔で立っていた。イメージしていた人物像にはわずかにもかすっていない。ポチと呼んだら猫が出てきたくらいの肩透かしだ。

ブルースはかぶっていたハンチング帽を脱ぐと照れくさそうに一瞬間をおいてから頭を差し出した。きれいに輝くその頭をみんながハイタッチ代わり撫でている。

こんなの…俺の知ってるブルースじゃない!

ご利益を求めて神体にすがるが如く手を伸ばす人たちと、お辞儀の姿勢でされるがままのブルースの様子を呆然と眺めているうちに、ふと気がついた。


あの人に似ているんだ。

優しい目と少し長い鼻の下。そして印象的な頭部。

間違いない。


ミスター・ブルース。

そのニックネームの由来はブルース・ウィリスだ。





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