目線が読書感想文っぽい『紅蓮の剣姫』の感想
※どネタバレです!!!!
なにから言えばいい……!?
考えてから書いているというより書きながら考えているので、いろいろごちゃごちゃしてます。読まなくてもいいです。
総じて
アイがありましたよね……。
まず、やっぱりせつ菜ちゃんのオハナシだったなあせつ菜ちゃん大好きだよこれからもよろしくね……………。、
あと、作品内で完結するオハナシ的にもメタ的にも「ファンが作り手に回ること」みたいなテーマがあって、何層かにわたって描かれていたと思います。あとやっぱり愛。以下はそんな話です。
なお、引用はKindle Quotesを利用しています。なんかまずかったら紙媒体のページとか記しますね。
0.紅姫と中川菜々とせつ菜
表のテーマっぽい「過去・未来・イマ」の話。『紅蓮の剣姫』の展開に重ねて、いつかただの中川菜々に戻ったらスクールアイドル「優木せつ菜」は忘れられてしまうんじゃないか、と密かに悩むせつ菜。
に言葉をかけるのが侑なのが、また……。ここの侑の働きって、1期12話でせつ菜が歩夢に言葉をかけたときのそれと似た構図なのではと思いマス。多分他の誰かが真っ向から説得したのではダメで、声をかけるべき人が、かけるべき言葉をかけることでしか前には進めない。そのことに自覚的だったせつ菜が、俺はずっと大好きだったんですよ……。
DiverDivaの章で時系列が明言されるまで「本文イラストが冬服だしせつ菜がまだ生徒会長だからそれくらいの時期かな〜」というふわっとしたイメージしかなくて、普段の紅姫とレーテと戦う能力者紅姫」「生徒会長中川菜々とスクールアイドル優木せつ菜」の対比的に栞子に生徒会長譲ってないときのが都合いいか、ぐらいの認識だったのがハズカシイ。あれこれを踏まえて、今期限りで生徒会長を退任してスクールアイドルに専念することに決めたのは、イマの優木せつ菜を精一杯輝くって決めたってことで……。
というかでもこれってアレか、普段の中川菜々とスクールアイドルの優木せつ菜を切り分けているせつ菜だから話が明確になっているものの、いずれスクールアイドルを退く以上は誰もに降りかかる問題なのか。例えばあの子がスクールアイドルを引退して普通の女の子に戻ったとして、「スクールアイドルのあの子」は、その後どうなるんだ……? という話に一般化できるかもしれません。政治家活動に一本化したら、タレントだった頃の自分はどうなっていくんだ……、解説者になったら選手時代の自分は……、みたいな。菜々として家で過ごすシーンでも地の文は彼女のことを「せつ菜」としていましたし、わりと「二面性が〜」みたいな分けきった測り方をするのは危ういかもしれませんね。知らんけど。DiverDivaの章がそんな感じでしたよね。
てか正直これあんまり意識して読んでなかった。後述のソレの意識が強すぎてこっちが疎かになってたんじゃダメダメ読者でしょうが〜!!!
1.せつ菜と紅姫、キャストとせつ菜
作品外の文脈で読むのってあんまり好きじゃないんですけれど、こればっかりはどうしても……。作中の言葉選びからしてもフカヨミ(笑)じゃないだろうというか、誰もがそれを重ねて読むところだと思うのですが……。
せつ菜がファンとして紅姫を演じるということと、いちファンだった林鼓子ちゃんがせつ菜を演じるということの重なりは、まず意識されていたところだと思います(ああ、言葉にしてしまった!)。
なにかもっとふさわしい一節があった気がするのですが。
いち大ファンが推しに命を吹き込むことへの葛藤と、それをいったんは乗り越えて踏み出す一歩。各所で公開されていた宣伝動画や公式ツイート、15秒のCMなんかでも「鼓子ちゃんが出てきてくれることが多いな〜」とはずっと思っていたのですが、読み終わった今ではそこに必然性を感じるというか、これってファン(きっと五十嵐先生自身も含めた)へのメッセージであると同時に、これから優木せつ菜を作っていく鼓子ちゃんへのメッセージでもあるんじゃないかと邪推してしまいます。
ともりちゃんのこともね(無粋かも)。
だってそうですよね!?
半ばくらいまでは上述の「ファンが云々」を念頭に置いて読んでいたので、鼓子せつちゃんに寄り添って進んでいくんだろうなと思っていたんですが……。
「灯」という言葉選びといい、執筆されたのがQU4RTZ 1st(2023年3月末)以降っぽいことといい……。そういえば「幸せの涙」ってフレーズもどこかで聞いたものに似ていたり、オタクの勝手なフカヨミ(笑)にしては色々と揃いすぎていて、むう……、と思ってしまいます。
キャストの交代に関して生配信やコメントでずっと伝え続けてくれていたこと、僕たちファンが信じて疑わなかったことを、間接的にではありますが作品の世界の中でも描いてくれたのは、優木せつ菜という女の子にとって、ともりちゃんにとって、みんなにとっての何かになると思います(あんまり噛み砕きたくない)。Twitterでもラジオでもひとことも言及してくれなくていいから、キャストみんなに送られたっぽい見本誌がともりちゃんの元にも届いていたらいいなと、オタクのとんでもお節介かもしれませんが、思ってしまいました。
脳内再生のCVはどっちか、みたいな議論ができるのも小説だからこそですし、「ともりから鼓子へ」を読み込む(あるいは織り込む)にはうってつけの媒体ではありますよね。
そんなこんなあってのエピローグはあくまでも『紅蓮の剣姫』の中のお話なのに、最後に添えられた本文イラストは虹ヶ咲学園の制服を着て『紅蓮の剣姫』をかかえたせつ菜ちゃんなんですよね。あのセリフの横に添えられるイラストが、ですよ……。
最後のあの挿絵がエピローグを受けての絵であるとは誰も言っていないので、こればっかりはオタクの思い込みの線もだいぶ濃厚なのですが、電子版のレイアウトとかもさ……。電子版も買え〜!!!
湯婆婆みてえな口調だな。
2.ファンと虹ヶ咲
虹ヶ咲に出会ったのと同じ頃から本文イラストの相模さんのことがチョウダイスキなので(これを読んでくださっている方にはモロバレでしょうが)、ぶっちゃけ鼓子ちゃんとともりちゃんとせつ菜云々に意識が向くより先、特に試読の段階では主にこっち寄りのことを考えていました。
だってそうですよね!?
ファンであるせつ菜が紅姫を演じること、ファンである五十嵐先生が、火照ちげ先生が、相模さんが、公式のスピンオフをつくること。
おい待てKindle、コピー上限ってなんだ!!もう引用できない!!!!!!
まあ言わんとすることは伝わるでしょう。他ならぬ五十嵐先生ご自身の葛藤もここに籠っているんじゃないかと、オレは思ってしまったわけです。
ちょっと前にカエルDXさんのコレを読んでいたこともあり……。
生徒会に『紅蓮の剣姫』の映像化の話が舞い込んできたときに、副会長が真っ先にせつ菜ちゃんを思い浮かべたことにも思うところがありました。虹ヶ咲のノベライズの話が持ち上がったときに、ファンである五十嵐先生や相模さんを推挙された方も、どこかにいらっしゃるんですもんね。多分。
見たり読んだりするなかで全部腑に落ちるというか、そら白羽の矢も立つよ……というぐらい、(誰かと比べて、という相対的な意味ではなく)世界一虹ヶ咲のことが大好きなみなさんが作ってるんだなあ、という感覚があって……。
大好きって届いてるもんだなあというか、一緒に大好きを叫ぶ僕らどころか公式にもそれが届いていて、等しく胸を打っていて、ついには(ほぼ)ファンだけの手で公式のお話が作り上げられてしまうって、それってどこまでも「あなたと叶える物語」じゃあないですか……?
そんな物語にキャストへのメッセージが込められているとしたら、それは今の「あなた」にできる最大級の恩返しだとも思うんです。「もらったら返す」、アニガサキでも再三描かれてきた虹ヶ咲イズムを物語の形で贈り返すって、スゲーことじゃないですか……?
3.雑感など
上で終わっときゃ綺麗なのに。
まあなんですか、こういう「作者の伝えたいこと」を読み込むのって読書感想文の手法っぽいですよね。あれが苦手だから、無粋な気もするし恥ずかしくもあるんだよなあ……。
以下、箇条書き。
・「せつ菜ちゃんの、紅姫を!」、みぞれのオーボエ?
・LoveLive!Daysで本文イラストが一枚公開されたとき「これって真ん中にページの境目が入ったら左ページはせつ菜と侑だけになるってことじゃないの」と思い、そこで描かれる侑とせつ菜のあれこれに期待を膨らませていたので、ハイ
・フォトエッセイの大好きなセリフ「せつ菜ちゃん、とってもやわらかくなったね」を彷彿させるあれこれもいっぱい。フォトエッセイ読め
・R3BIRTHの命名譚、に繋がりそうな章とか、果林先輩と演劇の話とか、随所に散りばめられた歌詞曲名とか、2期13話以降に繋がる描写や他媒体を拾い上げる描写が挙げだせばきりがないくらいあって、公式のスタッフが作るドラマCDやOVAと同じ次元のことやってんじゃんすごすぎる……となる そら大好きも届きますよ
・果林さんが「愛らしい」と口にするたびにフフってなる 「いかにも宮下愛といった振る舞いである」の意味で使われていても、「愛らしい」という成句の持つ意味を感じてしまう
・俺は絵に関して何の心得もないのでキモチでしか話せないのだが、ページをめくって本文イラストと対面するたびに湧き上がってきたあの気持ち、春夏秋冬ニジガクショット以来でしたよ すきだ
・
そうかも
・アニガサキ2期13話が放送されて1年経ってから公式でそれ以前のお話をやってくれたことが嬉しいというか、今後も一生見てたいからいくらでも本編の隙間埋めてくれ〜、という気持ち。にじよんとかでも思いましたが
・まあ「紅蓮の剣姫と同好会の事情が重なりすぎ……!?」とか「似顔絵……あの区画の整ったお台場でどうやって!?」とか思わなくもなかったんですが、そこはラブライブだもんね〜……? もうこの際ご都合主義がどうとか綺麗事がどうとかはあまり物語の瑕疵には感じないというか、そんなこと言い始めたらお台場周辺校の文化祭日程が"たまたま"連続してたのだって都合が良すぎるし、もうそういう問題じゃないんですよね
終わり終わり解散!
あまりやりたくない読み方をしたのもあって、いつもの記事より公開を躊躇っています。オタクの感想にあった「なんだかんだまだキャストの交代について気持ちの整理ができてない」みたいな言に、「俺もだよ!!!言葉にしてくれて安心したぜ!!!!」と思ってしまったくらいには僕もまだ引きずっているので、こういう読み方になるのもしゃあないといえばしゃあないんですが……。
虹ヶ咲学園の日常として正面から受け止められるように、出直してきます。
とりあえず。単品の小説として、というより原作ありきのノベライズとして、どこまでも愛に満ちた、熱くてあたたかい作品でした。サンキュー!
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