THE JUDO PARTY〜フラッシュレイヤーと呼ばれる、オルタナティブなゲイジュツ
ゲイジュツとギインデルタール人
JUDOは現実空間に未来社会をマッピング(オーバーレイ)、
フラッシュレイヤーと呼ばれる、オルタナティブなゲイジュツ
バーチャル・リアリティは、本来機能としての本質は同じであるような環境仮想現実だが、あくまで現物・実物ではない。フラッシュレイヤーは現実空間がベースとなり、インスタレーションアートやメソッド・アクション演劇により、人間の五感を含む感覚を刺激することにより作り上げた具象現実ゲイジュツである。
「社会のなかには、虚構=フィクションによってしか解決できないものがある」
ゲイジュツは、社会のなかで力を振るいつづける。
2050年、日本ではシミンピープルとギインデルタール人との分岐と合流の時代だった。もし、シミンピープルとギインデルタール人が一対一で戦ったら、シミンピープルはギインデルタール人に勝つことはできなかっただろう。だが大規模の争いになったら話は別である。勝つのは確実にゲイジュツだったはずだ。なぜなら、ギインデルタール人は、面前の「虚像」に反応するだけで、「虚構」をつくる力をもっていなかったため、大人数が効果的に協力できず、急速に変化していく問題に社会的行動を適応させることもできなかったから。
シミンピープルとギインデルタール人の対決は、デモや暴動などの衝突によるものではなく、実にシンプルな決着だった。ギインデルタール人にとっての最大のフォーカスは腐敗であった。わが国の選挙制度は形骸化し、決して正常に機能しているとはいえない。ギインデルタール人の力能や倫理は地に落ち、これではとても「全国民の代表」とは言えない。オルタナティブな「革命」は、シミンピープルは選挙に行かない選択という、「ずらし」による反撃が全国で一斉に始まり、市民的不服従という「虚構」をつくりあげることができたのである。
その「革命」をリードしたのは、学者でもジャーナリストでもなくゲイジュツだった。ゲイジュツは美しい「嘘」をつくことによって 、本当のように見える「虚構」を創り出す。真実を別の場所にずらし 、その姿に別の光を当てることができる 。そして、断片的で混沌とした不可知な世界を描こうとしたのである。
真実をそのままのかたちで捉え 、正確に描写することは多くの場合ほとんど不可能だ 。だからこそ、真実をおびき出して「虚構」の場所に移動させ 、「虚構」のかたちに置き換えることによって 、真実の尻尾を捕まえようとする。
ゲイジュツは、プロトコルフォー「人権」、「環境」、「共同」、「公共」という存在を心から信じている。どれもこれも、本当はゲイジュツの豊かな想像力の産物にすぎない。だが、いちど共通の「虚構」さえ獲得してしまえば、ゲイジュツは途方もない力を発揮する。誰もがその存在を信じている。