小説リレー企画「リズムゲーム戦」#1

ワイシャツを忘れた。だけれど勝田さんはロッカーの鍵を閉めないから、僕は家に戻らなくても良い。就活で使うワイシャツをアルバイトで使うのは、なんだか気が乗らない。どちらも同じ仕事だが、それをどうにかして分けるために、気が乗るとか乗らないとかそういう、ぼやけたものに焦点を合わせているんだろう。
勝田さんのロッカーは乱雑で好きだ、時計も靴もいつも同じ場所に置いてあったことがない。どうでもいいものを扱うことに真摯でいたい。勝田さんは僕に「いつでもワイシャツ使って良いよ、臭かったら悪いけどさ。わざわざ買うよりはマシだろ。」そう言ってくれた。僕は甘えているし、勝田さんは多分その甘えのことを心地よく思ってロッカーの鍵をかけないんだ。僕は勝田さんのワイシャツを羽織り、まくられた袖を直してタイムカードを切った。
僕は小さな船に乗る。操舵室には小さなレジ。勝負が始まる。今日の船は、4番レジだ。大学生の敵2体がカゴを持って現れる。
酒、ピ、酒、ピ、酒、ピ、2、水、ピ、2、かちわり氷、ピ、イカ、ピ、豆、ピ…
このリズムを崩してはいけない。このリズムを崩せば、僕は負ける。大学生の男女に負けるわけにはいかない。
ポテチ、ピ、ポテチ、ピ、生ハム、ピ…残るはチーズのみだ!チーズ、ピ…

今回のスコアは…!!!!!

「2684円です。」

「はーい。」
「あー、袋ないと無理だよー。」
「あ、袋2つ下さーい大きい方2つー。」
「かしこまりました。」

ピ、2。

「お会計変わりまして、2694円です。」

負けた。完全にリズムを崩されてしまった。大学生には袋が必要なのか先に聞かないといけないことを忘れていた。
「袋くらい先に聞けばいいのになー」
「どこに入れると思ったんだよーあはは」
敗者の耳穴に響く弾丸の音。次は負けない。

「お次のお客様、お待たせしました。」
相手は主婦1体、エコバッグは毎回持ち歩いているものと見た。この手の客は袋要りますかと聞くと、要らないに決まってるじゃないピストルで軽く脅かしてから戦闘を開始する。聞かなくて良い。お前は俺の手中で握りつぶしてやる。

芋、ピ、ネギ、ピ、ルー、ピ、卵、ピ…
良いリズムだ、相手はひるんでいる。

豆腐、ピ、刺身、ピ、ピ、カタ、ピ
半額シール攻撃は効かない。リズムを崩すな!

ラップ、ピ、牛乳、ピ…

「あの、ポイントカード。」

でしゃばるな!

「ありがとうございます。」



…完全に崩された!!買いだめ主婦のポイントカード攻撃。

「4569円です。」

「カードで。」

ボロ負けだ。僕は主婦にクレジット端末を握られてしまった。さらにはカードを使って、リズムを操作されてしまう始末だ。


タイムカードを切る。この気持ち悪いリズムが嫌いだ。今日の戦は負け越し。勝田さんのロッカーの鍵穴。その小さな丸いくぼみは今日の僕を悲しい目で見る。だから負け越した日は、勝田さんのワイシャツを洗ってあげることにしている。5円のビニール袋をパクり、僕はバイト先を後にした。

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