美新

母さんの妹は昔クラスで飼ってた金魚の餌やりを毎日してた、やらされていたわけではなくて率先してやってた。
自分の名前をつけて可愛がってたらしい。
ある冬の朝その金魚が死んで母さんの妹はめちゃくちゃ泣いた、そして素手でその金魚を水槽から取り出して授業中ずっと握りしめていた。
授業が終わって母さんの妹は無言でストーブに近づいて行き、その金魚をストーブの中に投げ込んだ。
職員室で怒られた、親にも電話された。
だから僕の母さんも知っていた「美新は変なやつで、そのまま30歳になった」とよく言っていた。
美新姉さんはテストで良い点を取るとそのテストを正方形に千切って折り紙にしてやっこさんを折るらしい、そのやっこさんをぬいぐるみと喋らせてから捨てる。
自分でやっこさんに折ったくせに、テスト用紙がしわしわになるのは嫌だから捨てるらしい。
美新姉さんはなんでもできると母さんは言った。勉強も運動もそこそこだし歌も踊りも上手なんだって。楽器を触っただけでそれっぽく弾く、でもなにも本気にしなかったらしい。そんな美新姉さんは大学に入ってから服を作るようになった。母さんはミシンを買うためにアルバイトしたり、夜中まで服の絵を書いたりしている美新姉さんをみてとても嬉しかったと言う。
その頃美新姉さんは家を開けることが増えた。母さんは美新姉さんがどんな服を作っているのか気になって部屋に忍び込んだ。床にレースやリボンがたくさんついたドレスが1着落ちていた。ふわふわしてキラキラして可愛くてでも上品で、美新はこんな服が好きなんだと驚いたらしい。気づいたら母さんはそのドレスを着てしまっていた。まち針が肌に刺さる。
その数ヶ月後、美新姉さんは一人暮らしのために家を出て行った。
数年後母さんは父さんと結婚した。母さんは美新姉さんに「結婚式で美新が作ったドレスを着たい」と連絡した。美新姉さんは「3ヶ月あれば良いの作るよ」言ってくれたらしいが、母さんはその時あのドレスのことを思い出した。「美新が一番最初に作ったドレスが着たい」と母さんは言った。すると美新姉さんは「私が今までに作った服は全部捨てた」と言い、だから姉さんの寸法を測って新しいのを作ると提案してきた。母さんはその時なんだか怒りが込み上げてきて「自分で作ったくせに、布がしわしわになったのが嫌で捨てたのか」と怒鳴り散らして電話を切ってしまったらしい。
だから母さんはそこから美新にはあまり顔を合わせにくいと、結婚式には来てもらったし、親戚の集まりでたまに会うがちゃんと会話できていないと言った。
確かに母さんが姉妹同士で話しているところをあまり見たことがない。僕も美新姉さんとあまり話したことがない。この話の間ずっと父は黙っていた。
すると父が「着いたぞ」と車を停める。おばあちゃんが乗った霊柩車を追いかけながら、おばあちゃんの話を一つもしなかった母さんを不思議に思った。僕は気づいたら美新姉さんを探していた。わざと母さんから離れるように美新姉さんを探した。おばあちゃんを火葬するとなってもまだ美新姉さんは現れない。おばあちゃんの煙が空に登り始めたころ美新姉さんがチャリに乗って現れたのが見えた。そのまま美新姉さんは適当なところにチャリを停めて、中に入ろうとせずふらっと裏へ回った。僕は母さんにバレないように追いかけた。
美新姉さんは煙草を吸っていた。
「美新姉さん」と僕は声をかけた。
「チャリで追いかけてたら迷っちゃった」と美新姉さんは笑ってた。案外柔らかい人じゃないかと僕は少し安心した。
「おばあちゃんもう燃えてる」と言うと美新姉さんは「私のせいで燃えるの遅らされてたら申し訳なかったからよかったわ」と煙草の先を見つめながら言った。
「姉さんと私があんまり仲良くないこと、あんたのおばあちゃんは知ってたかな」僕はおばあちゃんの話が突然出てきてびっくりした、当たり前なのに。
「母さん、美新姉さんがおばあちゃんの家に帰ってこない日に帰るようにしてたから多分気づいてたんじゃないかな」それっぽく返事する。
「じゃああんたは私とお姉ちゃんが仲良くないの知ってたのかよ」と美新姉さんは笑った。僕は呆然としてしまった。
「今あんたのおばあちゃんは、私が死んだことで美香と美新がまた会えたって喜んでるかもな。だから早く死んだのかも。」美新姉さんは明るくて可哀想だった。
「あんた、テストが良くてお姉ちゃんに褒められたりする?」突然質問が飛んできて驚いたが平然を装って返す。
「まあたまに。」
「そうか。あんたはお姉ちゃんが作ったものだけど、あんたがなにか成し遂げた時、それはお姉ちゃんが作り上げた実績じゃないよ。」僕は意味がわからなくて不意に「えっ」とこぼしてしまった。
「そろそろ怒られそうだから戻るわ。」美新姉さんは煙草の火を消して吸い殻を遠くに遠くに投げて火葬場に向かって行った。
僕は美新姉さんが投げた吸い殻を探した。多分母さんも美新姉さんとの電話を切った後、こうやってあのドレスを探したんじゃないかと思った。


↑全部うそ!

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