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ガスコンロの哀愁



1年ほど前からだろうか。なんとなく、私たちの関係にもう終わりが近づいていると感じていた。
リアクションが明らかに薄い。
頑張って見栄えをよくしようとしているが芳しくない。
そうしているうちに、本当に日常生活に支障を来すようになってきた。
ー別れ。
その言葉が自然に脳裏に浮かぶようになってきた。
思い出が、走馬灯のように巡る。
おいしいものを、2人でいっぱい作った。
衣がさくさくの鶏のから揚げ。私がやるとすが通ってしまうから、と得意顔でつくってくれた茶わん蒸し。
子供が生まれてからは、お弁当を作ってお花見に行ったり、ケーキを作ったり。
もうダメだと思ったのに、そんなエピソードが次々と浮かんでくると、もう少し頑張ってみたら・・・なんて思いが頭をもたげてくる。
しかし私は心を鬼にした。
何かを愛することは、哀しみを連れてくるのだ・・・
哀しい場面のはずなのに、そんな風に、置かれた状況に酔っている自分が少し恥ずかしい。

ピンポン。
玄関のチャイムが鳴る。
―「信心ガスです」
いつも来てくれる信心ガスの清野さんの声。
清野さんとともに、段ボールに包まれたあたらしいガス台が現れた。
そうして、今までの彼は、ものの30分もしないうちにシステムキッチンから引き抜かれ、新しいのの代わりに段ボールに詰められていった。

別れと、出会いはあっという間。
今日は、あたらしい彼と、ドライカレーを作って食べよう。

―新しい彼は、グレーのガラストップで両方のコンロがタイマー付きなのと、水を入れなくていいグリルで、肉も魚も両面一気に焼けるところが、気に入っている。


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