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嘘日記12/29

嘘です。


心の歪んだ人たちは、幸いである。彼らは神を見るであろう。

朝、いつものようにおぞましく幸福な夢を見た朝、あの廃墟と言うにも荒廃し過ぎている市街地跡から出発し、3日は歩き続けた森の中の朝。一人食事を取っていた。仰々しく"食事"と言っても、胃に入るのはせいぜいボソボソと紙のような味のする固形食糧と森に自生するギリギリ食べても問題が無い草程度の物だが。しゃくしゃく。不味い。不味さが舌に伝わり、鼻を荒らし、脳を犯す。しかし不味いものの、この現実を噛みしめている感覚は嫌いではない。あの恐ろしく幸福な夢から逃れる為には必要な儀式だ。しゃくしゃく。少しでも満腹感を増すために長々と咀嚼し"食事"をとった後、明け方の匂いがする森をまたゆっくりと歩き始めた。


今や鳥のさえずりは響かず、虫の歌声は聞こえないというのに、朝の匂いや木々の音は昔から相も変わらずそのままであった。太陽のやわらかい香り。葉が揺れるさざめく音。緑はふてぶてしくもその生命力で自らを維持し続ける。数少ない母親に言われた事の内、今でも覚えている言葉がある。自然を、木々や植物を大切にしなさい。コイツラは誰かに大切にされなくたって、今でもその力を示し続けているではないか。このどこまで続くかわからない空間には動物や虫は一匹たりとも居やしない。学者か何かがここに居れば、いったいどうして植物だけで成り立っていけるのか解明してくれるのかもしれないが、あいにく自分はそうではないし。はっきり言ってどうでもいい。
ただ、あの市街地跡があと2日もすればこの緑に飲み込まれてしまうであろう事は、かなり残念だが。


パキパキと落ちた枝を折々、森の深くまで進んで行くと、目的の物を見つけた。急に開けた場所に、未だ自身の存在を誇示するように、それは立っていた。
神話の時代の構造物だ。


だいたい自分の身長の2倍くらいの高さ、一周するのに5分くらいかかる円周がある、まるでその場所だけ筆で塗りつぶしたように赤黒い円柱型の異様な何か。何かって言うのは未だにコレが何なのかわかっていないからであり、わかろうともしたくない意思の表れである。
少しだけわかっている内の一つ目は、何千年何万年も昔、いわゆる神話の時代から残っているものであり、二つ目は、全てコイツと、コイツを作った連中のせいだという事。


外には一か所だけドアがあり、中に入れる様になっている。入るには鍵を当てなくてはならない。右のポケットから鍵、というか板きれを取り出す。ドアの目の前に立つとどこからか音が流れる。

認証キーを提示してください

恐らく言葉なのだと思うが、何を言ってるかなんて知りはしない。板を当てると、音もなくドアは開いた。中へ入ろう。

ようこそ、管理者様
今日も一日、神の祝福があらんことを

やたらと青白く明るい光の下、ツンとした妙に清潔そうな匂いとともに、目の前には多くの机、紙束、食べ物のような物(碌に食えないのは確認済みだ)、そして奥には、問題となる、変な金属で出来た機械がヴーンと音を発している。昔も昔の大昔の言語が、絶えず見た目が切り替わるデカい板の中で踊っている。鬱陶しい。

約束の日は差し迫っています
メインシステムの復旧作業中につき動作を停止しています
強制起動についてはドキュメントをご覧ください
神の祝福があらんことを

何を伝えていようがやる事は変わらない。バッグから、あるものを取り出す。最初の構造物で見つけた紙束。どうも説明書のようだ。数か月による格闘の末、載っている手順通りに機械を動かすと機能が停止することが分かった。これを元に粛々と作業をするだけ。板切れを機械に置く。

ようこそ、管理者様
お待ちしておりました

カタカタ、カタカタとボタンを押していく。様々な文字が出ては現れ出ては現れる。

AASDプロトコルを利用しますか? [y/n] : y
自動崩壊システムの動作 [true/false] : true
定数を設定してください {自我出力期間} : 10 

説明書の通り手を動かす。ボタンの音と機械の唸り声だけがその場に響いていた。


いつも通り淡々と作業を行っていると、見慣れない表示が出てきた。

シミュレーターを起動しますか? [y/n] : 

困った。説明書を一通り見返す。が、どこにも同じような表示についての話は無い。この構造物特有の動作だろうか。今まで同じような事は無かった。どうしようか。うんうん唸っていても進まないし、どうやっても意味が分からない以上、一か八かにかけてやってみるしかない。
幸いな事に「y」か「n」と書かれたボタンをどちらか押せば良いだけだ。

シミュレーターを起動しますか? デフォルト設定 {空中庭園} [y/n] : y


瞬間

目の前が弾けて飛んだ。


ようこそ、管理者様

右と左が溶けた。上と下もだ。母親が言っていた。幸せは瞳の中に。母親とは誰だ?瞳の中に居たのは蛇じゃないか。叫び声が聞こえる。随分と引き延ばされた叫び声が、自分の声帯から出ていると気づくのに4年と30秒に瞬きの時間を足しただけの時が立った。歪んでいる気がしない。この頃には既に腕は無く、頭の中で飼わされた友達は右目が増えていた。開かずの目。いつ開くのだろうか?わからない。開かずの目。いつ開くのだろうか?わからない。うるさいうるさい、お前のいう事なんかもう何も聞こえやしない。あれは何だ?自分だ。自分の鼻を食べて、ニッコリとほほ笑んでいる。楽しそうだ。あんなに良い笑顔をしたのはいつぶりだろう。ははは。あはは。不味い固形食料が、血管を逆流している。網膜に奇麗な花が咲いた。ひまわりの花が見つめる。痛みは真の友人で、孤独は憎むべき物であることを思い出す。母親が言っていた。母親とは誰だ?


一面の花畑の中で、白い花に埋もれていた。ゼラニウム、だっただろうか。
ハト達が、仰々しい歌をコーラスしながら飛び回っている。
嘘のように穏やかだ。空がひたすらに青い。あたたかな、あたたかな太陽の光に包まれている。
何故か行かなければならない場所がある気がして、ゆっくりと立ち上がる。花畑から遠く向こう側と、小高い丘の上に洋館が見えた。目的地がどこであるのかを直ぐに悟った。美しい白い洋館。どこかで見たことがある気がする。気づかぬうちに駆け出していた。有らん限りの体力を使って走る。息を切らして。走る。わき目も振らず。息も絶え絶えに丘を駆け上ると、洋館と、目の前に噴水があった。睡蓮が浮かんでいる。どこかで見たことがある気がする。ここではない。急いで裏へ回ろう。どこかで見たことがある気がする。洋館の裏に回ると、時が止まった。どこかで見たことがある気がする。丸いテーブルの横の椅子に腰かけている。人だ。どこかで見たことがある気がする。白いワンピースを着て、白くつばの大きい帽子をかぶり、白くフリルのついた傘をさして、こちらを向いている。どこかで見たことがある気がする。




見られていた。





気が付くとそこは元の構造物の中であった。倒れていたようだ。起き上り、機械へと向かった。カタカタ、カタカタとボタンを押していく。様々な文字が出ては現れ出ては現れる。説明書の通り手を動かす。ボタンの音と機械の唸り声だけがその場に響いていた。


朝、構造物を出発し、一週間は歩き続けた森の中の朝。
あの日から、苦痛極まりない幸福な夢を見ることは無くなり、ただ、美しい絶望に押しつぶされる悪夢を見続けるようになった。

ありがたい。


歌詞が書けないのでとにかく思いついた文章ぽんぽん繋げてイメージを固めようとした。中二病の時期にもっと色々作ったり妄想したりしとけばと後悔している。痛々しいと思っても、そっとしておいてくださいね。皆さんが通過したであろう痛々しさを俺は今から歩み始めようとしているので。


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