くだらなく曖昧な「日本SUGEEEE」なるもの

どっちにもとれるタイトル~(CV大山のぶ代で挨拶

平昌オリンピック、皆さんやっぱりご覧になってるんじゃないですか。日ごろあんだけ興味ない興味ないいっときながら、テレビ嫌い見ないいっときながら。ワシみたいな「オリパラ好きだよもっというとBSでジャンプとかは不定期にやってるからずっとみてるしスケートもGPSから全日本からワールドもそれなりにみてるよ東京はさっさと準備せいやなにしとんねん小池」な暇人はちょっと呆れますね。

フィギュアスケート男子シングルで、みごと羽生結弦が優勝・連覇、宇野昌磨が2位ということで本人は安堵、スケート連盟からスポンサー各位もほっと一息よっしゃよっしゃなわけですけど。そいでもって、巷の日本国民の善男善女は「よかったねーおめでとー」って言ってるわけですが。

しかしここで「喜ぶな!」と2002年6月あたりの金子達仁(←このネタわかる人いまいるんだろうか)ばりのこと言っちゃって悦に入っちゃってるヒトがたがおりますね。曰く、「羽生や宇野がすごいんであっておまえらはすごくない」と。

「同胞だが他人の偉業を喜ぶ祝う」のと「自分がすごいと思う」とは数光年の距離があるようにグミンかつナショナリストのワシは思うのですがね。それこそ「自分がすごい」なんて明言した人いましたかね。ナショナルなことで他人が喜ぶととたんにそこ曖昧にして悪いことにして殴りつけてそのことで溜飲下げるって、逆のウルトラナショナリストだと思うんですけどね。

それこそほんとにこの世相全体がイヤなら全否定すりゃいいんですよ、日ごろの「日本SUGEEEE番組」全否定のてい、ちょっと前の下町ボブスレーのていでさ。現に前出の金子は日本代表のあの試合は「低俗なポルノ」(=無駄に得失点して観衆国民の無駄な興奮を煽っただけ)とまで非難したんですから。同じことをスケートに、ひいてはオリパラ全体にいってみりゃいい。しかしそれはできないわけでしょ。中途半端なだけだよね、左の逆ナショナリスト。

個人的には、「日本SUGEEEE」風潮は好きではない。ただこれもまた「日本的なるもの」な感情であるなと思って。「身内感」をテレビ局などにも求めているからこそ「身内褒めむやみにするな恥ずかしい」みたいな感情で、これもまたナショナリズムでしょ一種の。テレビ番組に関して言えば、lm700jさんが指摘されていたけど「以前からあった社会科見学的バラエティ番組に、キャッチーな視聴率とれそうなワードちりばめた結果が『世界がすごいといった』的なフワフワしたもんでしょ」ってことでしかなくて。

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