所詮はサッカー
タイトルを見て、は?って思った人が多いと思いますが是非、最後まで読んでほしいです。
コロナが世界中で蔓延して、サッカーの無い生活が多くなり、一体サッカーってなんなんだろうとまた哲学みたいな事を考えている。
僕なりに考えついた事、
それは
所詮はサッカー。
今まで生きてきて、自分の人生はサッカーをしなかった時間の方が短いように感じる。
小さい頃からボールを蹴っていた。
ただの習い事から始まったサッカー。
嫌々やっていた時期、上手くいかないことが多かった。
目標に届かず辞めた時期もあった、それでもまたやりたいと海外まで行ってまた始めたサッカー。
怪我して、手術して、それでもまだやりたいと思えたサッカー。
今までを振り返ってみるとそれだけ、俺、サッカー好きなんだと凄く感じる。
それだけ、自分の人生の一部だったんだなとしみじみ感じる。
そんな大好きなサッカーを所詮はサッカー。と言った理由は。。。
サッカーはあくまで自分の人生を豊かにする1つの手段でしかないんだということ。
僕が前に記事で、人生はゲームみたいだって話をした例えで言うなら、
サッカーは自分の人生を豊かにする為のゲームのソフトの一つ。
皆んなが、娯楽としてスマブラやどうぶつの森をやるような感じだ。
スマブラで負けた時の悔しさ、次勝つために練習したりするのと同じ。
サッカーも上手くなりたいとか、ゴール決めたいとか思う中で、色んな葛藤や喜びなどがあったりする。
そこには人間関係や、様々な出来事が起こる。
そんなゲーム(サッカー)をする事で、色んな体験をし、色んな感情になり、色んな事を考える。
人はそのゲームソフトからいろいろな事を経験し、そして人生を豊かにしていく。
だから今までやってきたソフトが違えば考え方も変わる。
野球っていうソフトをする人。
将棋ってソフトをする人。
今ならYouTubeってソフトをする人。
恋だってソフトの一つだと思う。
それだけ世の中には沢山のゲームソフトが転がっている。
自分はたまたまそのソフトがサッカーだっただけ。
仮に今サッカーが無くなったからって不幸になるかと聞かれても今はそうは感じない。
昔の自分なら、自分からサッカーが無くなったら何もないって思っていたのも事実ではあるが、今はそうは思わない。
ゲームソフトがゲーム機から抜けたらまた挿すか、新しいソフトに挿し変えるかそれだけだ。
サッカー(ゲームソフト)そのものに意味は無い。
サッカーから何を得られたか、そのゲームで何を経験したかとかそっちの方が大事だなと本当に思う。
所詮はサッカー。
そんな言い方をしたが、海外に行ってまでサッカーをするからにはそれだけサッカーが好きな事は言うまでもない。
それでも自分のゲーム機(人生)に1番最初に挿さったソフトがサッカーだった事は凄く誇りに思っているし、感謝もしている。
それだけ自分はサッカーから学んだことは計り知れないからだ。
所詮はサッカー。
この考え方が正しいとも間違っているとも思わない。
数年後にはまた違う考え方をしているかもしれないし、
人それぞれ色んな考え方がある。
ただ、こんな考え方もある、そんな程度でいいから誰かの考え方の引き出しにでも閉まってもらえたらなと思う。
皆さんのゲーム機に挿さっているゲームソフトは何ですか?
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