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本を読むということ

本が好きだ。
ごめん、エアコンの風が私の体に体当たりしてきていて、特に目がしばしばしてしまうので止めさせてください。こんなこと書かなくていいんだけど、書かないと動けない。そういう人間だよ私は。
はい、戻るね。私は本が大好きだ。
本は私の、というか人間の、こんぽん的な孤独を認めてくれている気がする。結局人はひとりなのかもしれないけれど、本はそんな人間が大好物なのだ。そおっと心の隙間に喪黒福造のように入り込んでくる奴らは今日もひとりぼっちのあなたを探している。
本を読んで、眠れなかった夜はあるか。
本を読んで、あまりの面白さに体がぶるぶる震え、ページが捲る手が動かなかったことはあるか。
本を読んで、分からなくて、解らなくて、判らなくて、それでも諦められなかったことはあるか。
本を読んで、言葉が持つ可能性に腹の底から感嘆したことはあるか。
本を読んで、痛くて痛くてこれ以上はもう読めないと、閉じたことはあるか。
本を読んで、それでも読み続けなければいけないと、強く自分に言い聞かせたことはあるか。
本を読んで、誰かのことを思い出したことはあるか。
本を読んで、大声を出したり、走り出したり、なんでもいいから殴りたい、強い衝動に駆られたことはあるか。
本を読んで、自分の存在が冬や夜や湯気みたいなものに溶けていく感覚を味わったことはあるか。

本を読んで、森羅万象を愛せる、と確信したことはあるか。

本を読むのは、少なくとも私にとっては知識とかたしなみとかそんなことではない。「読んだほうがいいよなあ」みたいなことでもない。褒められるべきことでもなんでもない。どうしようもなく引っ張られ迫られて、とてもそんなことをしている場合ではないのにしてしまうことだ。
だから別に、読むべきだとは言わないし、教養人のアイテムみたいな文脈で語られるのはすごくすごく気持ち悪い。

でも、読んでほしい。強制じゃなくてお願いだ。お願いでもないな、うーん、お知らせ、かなあ。こんな体験、そうそう他のことでできるものじゃない。本がもたらした、「波動」の話をみんなで円になって三日三晩したい。だからお知らせします。本って素晴らしいよ。

ああ本が読みたい、読みたい。ね、そう思うでしょう。
ちょっと暑い、エアコンつける。そしてnoteを閉じて、本を開こう。


本読むときに聴く曲だよ。音楽も最高だよな、

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