禍話リライト『くまだがきている』

※この話に出てくる名前はすべて仮名です。

10年とは言わないが、それぐらい昔の話だ。
ある日の食事中。娘さんが、最近こっくりさんをしているという話をしてくれた。といっても娘さんはこっくりさんではなく「おうじさま」とかなんとかそういった名前で呼んでいて、この話をしてくれた人は最初、それがこっくりさんのことだとは思わなかったそうだ。
「お父さんのときはこっくりさんって言ったんだよそれ。ちゃんと答えてくれるの?」
「まぁ答えになってるんだかなってないんだか……でも間違ってはないよ。大体はいかいいえでわかるようなことしか聞かないし」
それでね、こっくりさん名前なんですか?ってきいたことがあるんだけど、と娘さんが言う。
「なんて答えたの?」
「『くまだ』だって」
今流行ってるアイドルの名前じゃないか、流行りに乗ってるのかねぇとその場は笑っていたのだが、何故かその名前には引っかかるものがあった。
その理由を、彼は寝る前になって思い出した。
(そういえば、熊田っていうのが高校の同級生に居たわ)
同級生といっても、ほとんど一緒には過ごしていない。2年生か1年生のときにクラスが一緒になったのだが、理由は知らないがすぐ登校拒否になってしまって、卒業アルバムでも隅っこに別撮りで載っているような生徒で、会話も一言したかなぁという程度の間柄だった。
(そんな奴いたなぁ……)と思いながら眠りについた。
次の日は休みだった。今は地元を離れているということもあり、昔が懐かしくなった彼は唯一絶対繋がるであろうAさんという同級生に連絡を取ってみることにした。
久しぶり、元気でやってる?などと他愛もない話を続けたあと、なんてことない話なんだけど、と前置きして、
「最初の1,2週間で来なくなった熊田って奴いたよなぁ。俺はほとんど会ってないんだけど今どうしてんだろうなぁ」
と話を振ってみた。すると、
「あいつなぁ。俺は同じ地区で中学のときから知ってるんだけど」
とAさんは言う。
「へぇ、それは知らなかったわ」
「熊田なぁ、高校はなんとか卒業して、大学も決まってたんだけど……」
なんだか嫌な前振りだなぁと思いながら話を聞いていたら、
「大学結局行けなかったんだ……あいつ死んだんだよ」
思いもよらないことを言ってきた。
「えっ死んだの!?」
「お前は遠くの大学に進学してそのままそっちで就職したから知らないかもだけど、そうなんだよ」
「あぁそうなんだ……同窓会も3年のときのクラスでしかやってないし知らなかったわ……ごめんな久しぶりなのに暗い話になっちゃって」
「いやいいけど……」
なんとなく、(嫌な休日になっちゃったなぁ)と思いながら会話を切り上げた。

次の週、また食事中に娘さんとこっくりさんの話題になった。
「こっくりさんだかおうじさまだか、まだしてるの?」
「それがね、くまだ最近答えてくれないの」
なんでくまだだけなんだよ、と思ったが、娘さんによると、名前をきいたら『くまだ』って答えてくれるから、またくまだか、となるらしい。その話を絶対知らないはずの子と一緒にやっても『くまだ』って言うからくまだは毎回来てるんだと思う、と言う。
「最近ね、くまだ変な答えするの。はい、いいえ以外のこともきくんだけど、勝手にめっちゃ動くし。意味のあることを言うからすごいと思うんだけど、質問の答えにはなってないんだ」
同じことをずっと繰り返すから、ああいうのって自己暗示なのかぁ、もうやめようかなぁなどと娘さんは気味悪がっているようだった。

そんな話をした2日後、仕事中に電話がかかってきた。
「何だろう?」と電話に出ると、Aさんからだった。
「俺さぁ、あれから気になってさぁ。いろいろ調べたんだけど……熊田、自殺だったんだって」
「えっ!?」
挨拶もそこそこに、とんでもないことを言い出した。
「事故ではないって聞いてたんだけど、自殺だったんだよ」
それがさぁ信じられるかお前、とAさんが続ける。
「2週間も居なかった俺たちの母校のあの高校に侵入して飛び降りたっていうんだ」
「いやでも、そんなことがあったら大きいニュースになってるだろ?」
「それがさ、熊田の親が、地元の有力者と知り合いか何かで、学校の方も隠したいってことになってさ。飛び降りたのも、今使ってる方の校舎じゃなくて、ほとんど使ってない旧校舎の方で、中庭に落ちたんだって。それであんまり表立ってはニュースにならなくて、新聞にも一応は載ったけど、皆が読み飛ばすようなところに小さく載っただけだったから誰も気付かなかったらしいんだけどさ……」
饒舌に話すAさんに、「そうなの……」と相槌を打つしかできない。
「普通じゃねぇよな。2週間ぐらいしか居なかったから、誰かにいじめられてた訳でもないだろうし。中学のときはわりと普通だったのに、何かあったのかなぁ」
そこで話は終わった。
(わざわざ話してくるのもなぁ……気になったんだろうけどそれにしたって……)
気持ち悪いとは思ったが、
(でも俺は熊田と一言ぐらいしか会話したことないし、関係ないよな、気のせいだよな、偶然だよな)
と自分に言い聞かせ、その話は一旦忘れようとした。

その話をした次の日の夜。
仕事から帰る途中の電車のなかで、またAさんから電話があった。
最寄り駅で降りて家路を歩きながら電話に出た。
「何?どうしたの?」
「あいつさ、遺書のこしてたらしいって言うんだよ」
「お前まだ調べてたの?」
呆れて聞き返すのにも構わず、
「そうなんだよ俺聞いたんだけどさ」と話し続けるAさんによると。
――高校の最初のときに、軽くいじられるようなことがあったのがどうしてもダメで、出鼻を挫かれて登校拒否になった。何事もなければ普通に高校生活を送れたはずなのに、冷たい視線とか笑いとかを寄越してきた連中を許さない、順繰りに罰を与える――
「……みたいなことが書いてあったらしいんだよ」
「そうなんだ……それ、名前とかはわかんねぇの?」
「名前はわかんないんだけどさ、順繰りにだから、4月の最初だし多分五十音順に座ってたと思うんだ。熊田が何かに躓いたとか、髪型が変だったとか、何かあるじゃん。そういうので笑うとしても近くに座ってる奴だと思うんだよな、そいつらの名前書いてあると思うんだけどなぁ」
この話をしてくれた人は、五十音順だと結構熊田に近い名前なのだ。
そんなつもりはなくても寝ぐせがおかしくて笑うぐらいはしたかもしれない、ちょっとしたことで人を傷つけることもあるかも知れない、でもそんなことで?いやでも……と怖くなって、
「じゃあ、俺とかもその、当てはまるのかな?」
と思わずAさんに尋ねた。
「いやぁまあ、お前は大丈夫なんじゃないの……そうですよね?」
ふと、電話の向こうのAさんの反応に違和感を覚えた。
「……うんうん、お前は違う感じだけどね」
「お前今誰に確認してんの?」
Aさんはこともなげに答えた。
「ん?熊田」
彼は余りの恐怖に電話を切って、そのまま夜道を家まで猛ダッシュで帰った。
家に着くと、いつも通り家族がお帰りと出迎えてくれた。そこでやっと我に返り、Aさんにかけなおしたが、全く繋がらない。
顔を洗って部屋着に着替え、一息ついてから再度電話してみると今度は全然知らない人が電話に出た。
「もしもし、あなたお知り合いですか!?」
声の主は地元の警察だった。高校に侵入した奴が旧校舎から中庭に飛び降りたのだという。
「携帯電話が屋上に残されてたんですけど、あなたこの人のお知り合いですか?」
旧校舎はその頃には全く使われておらず、侵入者を想定していないため警備もザルと言ってもいい状態だった。そのためAさんでも容易に侵入できたらしい。
結局その後Aさんは亡くなってしまい、彼は葬儀に出席するために地元に戻ることにした。
(最期まで会話してたし、仲いいっちゃあ仲いいけど、うーん……)
なんとも複雑な心境だったが、葬儀場には同級生が何人か来ていて、「お前も大変だったなぁ」と声をかけてきてくれた。
そこで話して初めて知ったのだが、Aさんは最近仕事をクビになっていて、どうも精神的に不安定だったらしい。
「俺と電話してたときにはそんなこと全く言わなかったんだけどなぁ」
「お前には言えなかったのかも知れないなぁ」
でもお前それつらいよなぁ、と言って皆が気遣ってくれるなか、一人会話に入ってきた男性を見て彼はギョッとした。それは紛れもなく、熊田本人だった。
彼が驚愕していると、同級生たちは
「なに驚いてんだよ、熊田だよ」と平然と言う。
「熊田!?えっ熊田死んでないの!?」
「なんだよお前、どういう冗談だよ」
明るく喋りかけてくる熊田に動揺しながら話を聞くと、高校時代は鬱々としていたものの大学デビューには成功し友人にも恵まれて、なんとか社会性を取り戻したということだった。しかも、その後地元に帰ってきて、Aさんとも会って、ちゃんと近所づきあいもしていたというのだ。
「お前、教室で、最初に笑った俺たちのことを……」
Aさんが言っていたことを思い出して恐る恐るきいてみるも、何言ってんの?あぁ違う違う、と熊田は首を振る。
「俺は、最初に数学教師が机ガーンって蹴ってね、それが嫌で学校行けなくなったの。いやぁ今から思うとしょうがないなぁ俺」
笑っている熊田を余所に、(登校拒否の理由も違うじゃん……)と困惑するしかなかった。
「でもAとはなぁ、冗談で今度俺がいた学年の同窓会やってみようかな、俺が行ったらどういうリアクションするか見てみようとか、そんな話まで電話でしてたのになぁ」
首を捻る熊田を見て、じゃああいつはなんで熊田が死んだみたいなことを俺にだけ言ってきたんだろう、と彼は葬儀の間中、怖くて仕方なかったそうだ。

・・・

で、娘さんが言っていたことを思い出してゾッとしたらしいんですよ。
こっくりさんに来ていた『くまだ』って奴が、質問に答えてくれないって言ってたじゃないですか、変なことばっかり言うって。
『うまくいった』『うまくいった』みたいなことしか言ってくれないんですって。

※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「ザ・禍話 第六夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(26:12ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/607520872

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