禍話リライト『弟の亀』

高校時代、男友達の住んでいるマンションに泊めてもらったときの話だ。
自宅が戸建てでマンションに泊まるのが初めてだったこともあり、妙にテンションが上がってしまったことを覚えている。
実際はさして違いはなかったのだが。

ゲームやら何やらで盛り上がり、ひと段落ついたとき。
高校生だてらにタバコとライターを取り出した自分に友人がこんなことを言ってきた。
「タバコさ、悪いけど台所で吸ってくれる?」
「台所? そんなん家族に見られたらどーすんだよ」
「うちそういうの気にしないタイプだから平気平気。とにかく、吸うならベランダじゃなくて台所で吸ってくれよ」
「おう、わかった」
今いる友人の部屋からはベランダの方が近いのになとは思ったが、逆らうようなことでもないので大人しく従った。
ただ、ちらりと見えたベランダは別に洗濯物を干している訳でもなく、さりとてゴミで溢れかえっている訳でもなく、特に使ってはいけない理由はなさそうだった。
(まぁ人ん家のことだし、なんか一時的な事情でもあるのかな)とそれ以上は考えずに台所に向かった。

夜も更け、そろそろ寝ようかと互いに布団に入ってしばらくした頃。
件のベランダの方から何か音がしているのに気付いた。
例えるなら、学校にあるような金属製のバケツにビー玉程の重さのものを入れて回しているような音が、

がらんがらんがらんがらん……

と途切れることなく聞こえてくる。
(寝るまではそんな音してなかったのにな……風の音か?)
そこまで大きい音ではないものの、一度意識してしまうとどうにも耳に付く。
時間が経てば鳴り止むだろうし、それから寝ればいいか……と考えたものの、予想に反していつまで経っても止まらない。
(自然にする音じゃなさそうだし、誰かが動かさないとこんなにずっと鳴ったりしないよな)
ふと、隣に寝ている友人には聞こえているのだろうか、と気になった。
(声はしないしとっくに寝てるかな……)
こんな事で起こしたら悪いかなと思いながら振り返ると、真っ暗な中こちらを向いている友人と目が合った。
「お、お前起きてるんだったら言えよ!?」
心臓に悪いだろ、と驚きを誤魔化す言葉には応えず、友人は唐突に語り出した。

「あれな、亀を飼ってたバケツなんだ。昔うちで亀を飼ってたんだ」
「お、おう。……『飼ってた』ってことは今はいないのか?」
「うん。弟がさぁ、馬鹿な奴なんだけどさぁ。……亀の甲羅剥がしちゃってさぁ」
「は!? 剥がしちゃった、って……」
「お前は知らないかもしれないけど、亀の甲羅って剥がしたら死ぬんだよ、その下すぐ内臓だから。……死んじゃったよ、可哀想なことしたよなぁ」
寝起きにグロテスクな話するなよな……とげんなりしたが、ふと、その話におかしな箇所があることに気が付いた。
「お前何言ってんだよ。

お前、一人っ子だろ?

弟なんかいないじゃねぇか。兄弟がいるなんて聞いたことないぞ」

こちらの問いかけを無視し、友人は先程と同じ話を繰り返す。

「あれな、亀を飼ってたバケツなんだよ」
「いやそれはさっき聞いたから」
「弟がさぁ、甲羅剥がしちゃってさぁ」
「いいよ言わなくてそんなグロい話は」
制止も聞かず言葉を続ける友人だったが、やがてその話がどんどん具体的になっていく。
「どうなってるんだろうなぁって思ってさぁ…………ベリベリベリ、って意外と簡単に剥せちゃうから良いのかなって思ってたら、戻らないんだよなぁ…………そのまま死んじゃってさぁ…………」
「やめろよその話、だいたいお前に弟はさぁ……!!」
微に入り細を穿ち亀の話をする友人の言葉を半ば叫ぶように遮ろうとしたとき、風呂場の方から、


ビヂャッ


なにか――ぶつけたら砕けてしまうようなものが床に叩きつけられた、そんな音がした。
「何だよ今の音、結構デカい音だったぞ、あんな音したら下の人とか起きてくるんじゃねえの?」
異質な音について問いただすが、友人は気にする様子もない。
「気にすんなよ、毎晩こうだからさぁ」
その間もベランダからは

がらんがらんがらんがらん……

と金属質な音が鳴り続けている。その他の音――友人の家族や階下の住人が起きてくるような気配は感じられない。
「ほら、誰も起きて来ないだろ?」
「でもさ、お前の家族全員もう寝てるだろ、じゃあさっきの音は誰がやってるんだよ」
「弟だよ」
「いやだからお前に弟は……」
再度友人の言葉を否定しようとしたそのとき、


「きったねぇな、なんだよこれ」


小学生くらいの男の子が吐き捨てるような声が、さっきと同じ風呂場の方から聞こえてきた。
いない筈の人間の声が聞こえるのも勿論怖かったが、目の前の友人が、風呂場の方から聞こえてくる言葉の通りに口をぱくぱく動かすのが目に入ったとき、背筋が凍る思いがしたそうだ。


この後、気が付くと朝だったというのがお決まりのパターンだが、この話をしてくれた人は、その場で
「俺帰るわ」
と友人に告げ、深夜にそのまま自宅に帰ったのだそうだ。
しかし自宅に家の鍵を持っておらず仕方なく庭で寝るしかなく、翌朝早くに起きて来たおばあちゃんにたいそう驚かれてしまった。

当然というべきか、その後その友人とは付き合いを絶ったとのことだ。




※本記事は猟奇ユニットFEAR飯によるツイキャス『禍話』の「シン・禍話 第三十七夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです(27:15頃から)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/712168326

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