禍話リライト『開かない押し入れの部屋』
飲み会で意気投合したからといって、そいつの家にいくのは危ないっていう話ですよ。
男女間でもそうですけど、男同士だってそうですよ。
***
Aさんから聞いた話だ。
複数の大学のサークルが集まる規模の大きな飲み会があったのだという。
そこで飲んでいるうちに意気投合して、「じゃあウチで飲みなおしますか?」などとAさんに声をかけてきた男がいた。結構な美青年で、人当たりもいい。
Aさんを含め何人かでその男の家に向かうことになったのだが、道中のコンビニでも男が全部お金を出してくれる。買うお酒もコンビニに売っているなかでは結構いいお酒だった。
家に向かう途中、「いやぁ引っ越してから後でお隣さんと話しててびっくりしたんですけどね、うちの部屋1万5千円くらい安いんですって」などと男が言う。
「えーそれ、なんか事故物件とかじゃないの~?」
「いや事故物件じゃないんですけどね、僕前から鈍感すぎるなんて言われるんですけど」
その男がいうには、
「押し入れが一個、封印されてるんですよ」
どういうことか尋ねると、
その部屋を契約するときに、部屋のなかを見てまわって、押し入れのなかも全部見て(普通の押し入れだったそうだ)、「この部屋にします」と伝えると、
「そうですか。ところでこの押し入れは使えないので、すみませんが封印させてもらいますね。その代わりちょっとお安くしておきますので……」
と業者に言われたのだという。
「ちょっとっていうから5千円くらいのものだと思ってたんですけどね。
変な話、手品師じゃないけど、はいここには何にもありませんね封印します、っていう流れで封印されちゃったんですよ。
可笑しいでしょう開かずの押し入れなんて、でも後で事故物件サイトなんかで検索しても特にここで人が死んだとか出てこないし、だから老朽化とか、配電盤が変だとか、そういう理由だと思うんですけどねー」
そうこうしている間に男の部屋に着いた。
男に通してもらった部屋の突き当りの押し入れがありそうな場所に金具が嵌っていて、何というか忍者が使う嵌め殺しのようになっている。
「ちゃんと使えないようになってるんだねー」
「そうなんです、使えないんですよ」
などと話した後は、楽しくワイワイお酒を飲みはじめた。
高い、いいお酒なものだから、みんな欲望に忠実になってどんどん飲んでいく。すると当然、お酒は少なくなってしまう。
「僕お金出しますんで、すみませんけど誰か……」
「おう俺買って来る来る!おつまみ何がいい?」
などと言って買い出しに出かけた友人が、帰ってくると何故か浮かない顔をしている。そのまま飲んでいてもどこか酔いが醒めてしまっているようで、そのうち30分もすると先に帰ってしまった。
(あれあいつ、ここ来るとき「今日は泊まりコースだ!!!」とか真っ先に言ってたのになぁ、どうしたのかな)
Aさんはちょっと気にはなったが、体調でも崩したかなぐらいに考えていた。
その後も残ったメンバーで酒盛りをしていると、一人帰りまた一人帰り、なんだかんだAさんだけがこの部屋に泊まる流れになってしまった。
家主の男が、「この部屋に布団を敷きますから、どうぞ使ってください」
と自分の寝室を勧めてくれる。
「いやぁ雑魚寝でいいのに、いいですよ」
Aさんは遠慮したのだが、再三強く勧められて押し切られてしまった。
(まぁこの部屋の方が開かずの押し入れに面してないし、トイレも近いし、気をつかってくれたのかな)
いい方に考えながら横になった。
しかしAさん、実は枕が変わると寝付けなくなるタイプだった。
(しまった俺寝れねぇや、まぁゴロゴロしてるだけでもいいか……)
と考えてながら携帯をいじっていると、メールが来ていた。
最初にそそくさと帰っていった友人からである。
何だ何だ……と思って開くと、
『お前、泊まったの?』
という内容だった。
しかも同じようなメールが3通も届いている。
答えてなかったからかなと思い、
『今から寝るところだよ』
と送ると、すぐに返信があった。
『帰れるなら、帰った方がいいよ。俺んち泊めようか?』
ん?と思った。
『それか近くの奴に泊めてくれるよう話しておこうか?』
やたらとそこに泊まることをやめさせようとしてくる。
『何何どういうこと?』
不思議に思いながらメールを送ると、やはりすぐに返信があった。
『あれ押し入れじゃねぇぞ。
買い出しに行ったときに改めて外からよく見てみたけど、奥にもう1部屋あるぞ。
あれ和室だ、押し入れじゃない』
そこまで読んでAさんはゾっとした。
『開かずの押し入れは100歩譲っていいとしても、開かずの和室はヤバいだろ。引き戸だから、あれ多分和室だ』
(どういうことだよ……)
しかし今から帰るといっても、自分は奥の部屋にいるし、今から帰るというのは変な話だ。
『じゃあ俺、明け方まで寝ずにいて、家主が寝たぐらいに帰ることにするわ』
『そうした方がいいって!でももし何かあったらいつでも言ってくれよ。俺起きておくし、みんなにも言っておくから』
そこでメールは途切れた。
(怖い怖い、何なん、何なんこの部屋)
突然の情報にAさんが混乱していた時、家主が起きてくる音がした。
トイレかな、と思っていると、廊下をこちらへ歩いてくる音がする
思わず寝たふりをすると、Aさんがいる寝室の扉が少しだけ開く気配がした。
(俺の方を見てる……俺が寝てるかどうか確認してるんだ……)
Aさんはそう直感した。
しばらくすると扉を閉めて家主の男は離れていった。その時、少しだけ扉が開いたままになったのが、引き戸の感じで判ったという。
またしばらくするとボソボソと男の話し声が聞こえてきた。
(携帯で誰かと話してんのかな……でも友達とかと話してるって感じでもないし……)
気になったAさんは、音を立てないようこっそり布団から出て、引き戸の狭い隙間から外を覗いてみた。
真っ暗だがじぃっと見ているとだんだん目が慣れてくる。それが見えた瞬間、(うわ~~見なきゃよかった)とAさんは後悔した。
例の、開かずの押し入れだか和室だかの引き戸が、開いている。
そこに誰かがいて、その何者かに対して家主の男がものすごくへりくだった感じで喋っている。
尊敬語も謙譲語もめちゃくちゃになっているのだが、どうも、
「きょうもいちにちぶじにすごさせていただいてありがとうございます……」
だとかなんとか、とにかく色々なことに感謝をしている。
「きょうもあさおきてなにごともなくいちにちがおえられて…」
「そちらのしじどおりにうごきましたおかげでたのしくすごせまして…」
などと、いちいち感謝が細かい。
(こいつ何言ってんの……)
Aさんの理解が追いつかないうちに、家主の男の感謝はどんどん遡っていく。
(こいつ、現時点から出会いまでを昨日も一昨日もその前も、ずっと同じように遡って言ってんだろうな……)
時々、感謝の合間に「ああすみませんすみません、そういういみじゃなくて、もうしわけございません」と謝るのが聞こえてくる。
しかし、押し入れの中の相手の声は聞こえない。
(一人相撲じゃん……あぁでもこいつ、絶対誰かが奥にいる体で喋ってるよな……)
すぐにでも逃げ出したくなったのだが、今出ていくのは完全に悪手である。そのうえ都合の悪いことに、この部屋は2階で、ベランダも寝室の反対側にある。
そのうちよく耳を澄まして聴いていると、家主の男の声の合間に「~~、~~~」という声とも音とも取れるようなものが入ってくる。
そんなことあり得ないのに、
(封印された押入れのなかに、誰かいるんだ……!)
とAさんは感じた。
そうこうしていると、会話が終わったようだった。
Aさんは慌てて布団に戻る。
そうすると、家主の男が再び寝室の扉を開けて、こちらの様子を伺っている。さっきより長い時間見てくるので、Aさんもなるべく怪しまれないように「スゥ……スゥ……」と寝息を立てる。
2、3分も経った頃、納得したのか、家主の男は扉を閉めた。その瞬間に
「寝たフリなのかそうじゃないのかなんてすぐにわかるのに……」
と言い捨てて戻っていった。
(何、何、寝たフリってバレてるの、どうしよう……)
Aさんは恐怖で布団の中で体が縮こまってしまった。
その時ふと、足が何かに当たっているのに気が付いた。
(さっきまでは当たっていなかったのに!?)
え、と思って足元を見たら、小柄な何かが立っている。
部屋は真っ暗なのでわかりにくいが、どうも小柄な、着物を着た誰かのようだ。
思わずAさんが布団のなかで足を引くと、今度は布団ごとズズズズズッとそいつの方に引き寄せられてしまった。布団越しに足で触れたその何者かはやたらと硬く、まるで人形のような感触だった。
Aさんが恐怖と嫌悪感でパニックになっている隙に、何かで読んだ介護術のように両肩をパンパンッと叩かれた。かと思うと上半身が起き上がったようになってしまい、そのままAさんは、その和服の何者かにギューッと抱き着かれて、耳元でこう囁かれた。
「あいつねぇ、たてまつればぜんぶうまくいくとおもってんの、バカでしょお」
そのあと、内耳に舌が入ってきたのだという。
耳奥でチュッ、と湿った音がして、Aさんは意識を失った。
気が付くと、メールを送ってくれていた友人の家で、その友人が「大丈夫か!?」と体をさすってくれていた。
辺りを見まわすと他の友達もいて、「あぁ戻った、よかったよかった」と言っている。
友人が言うには、半狂乱でめちゃくちゃなことを言いながら友人の家に駆けこんできたらしい。何故か靴はちゃんと履いていた。
「ただ、お前訳わかんなくなっちゃってたからさ、落ち着かせようとしたらもみ合いになって殴ったみたいになっちゃったんだよ……」
そう言われて見れば友人もAさんもあちこちに血がにじんでいる。
「でもお前脱出できてホントよかったな、今話してたんだけど家主のアイツどのサークルにも属してないって」
「気持ち悪いよな、明日抗議に行ってやろうぜ!」
「ホントだよ、許せねぇぜ!」
その場の全員で盛り上がったのだが、それでも怖かったので抗議は明るくなってから、ということになった。
そして翌朝、Aさんは友人たちと男の部屋に抗議に行くと、そこは既にもぬけの殻であった。
後日大家に確認したところ、大家もその男の行方が分からず、結局行方不明ということになってしまった。
その部屋は現在は表向きは倉庫ということにして、誰にも貸し出さず封印しているのだそうだ。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「THE禍話 第23夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(49:06ごろから)
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