禍話リライト『ヘルメットの家』


その日は、まだ明るい時間から友人と2人で飲んでいた。
そっちから誘ってきたというのに、友人の方はほとんど飲まずに、何故かこちらにばかり勧めてくる。
(コイツこんな時間から酒飲むような奴だったか……?)と思いながらも、タダ酒なので遠慮なく飲んでいた。
なにかのタイミングでテレビをつけると、たまたま警察ものの特番でバイクの事故の話題をやっていた。
「こういうのってホント悲惨だよなー。バイクって結局横からぶつかって来られたら終わりだもんな。身体守られないし、ヘルメットしてたって気休め程度だし」
何の気なしに言うと、
「……俺の知り合いの家がさ」
それまでほぼ飲んでいなかった友人が、唐突に話しはじめた。
「大通りに面してるんだけど、派手な事故があってな。あぁこれ最近の話じゃなくて、1年くらい前なんだけどな」
「あぁ、そうなの」
「ひどい事故だったらしくてな。大型の車とバイクがバーンとぶつかって、バイクの方が、その、首やっちゃったらしくてさ。中身の入ってるヘルメットが転がってきて、変な話バイザーが開いたかどうかは知らないけど、ヘルメットの中身が向いたところにその家の玄関があったと。……たまんねぇよな」
さっきまで飲んでいた分の酔いがすっかり醒めてしまった。
「たまんねぇよなぁそれ……心理的瑕疵物件みたいなもんじゃん、一軒家だからどうしようもないし」
「そうなんだよ、まだローンも残ってるからな。それからしばらくしてだぞ、事故から一週間くらい経って。その家はおじさん、おばさん、高校生の娘さんの3人家族で、他に男は居ない筈なのに、夕方、家の前を通る人が『玄関にライダースーツ着た奴が立ってるんじゃないか』って言うようになった。夕方頃に事故があったんだな。近所の人が、そんな馬鹿なと思ってインターホンを鳴らして、家の人が出てくると、当然そんなライダースーツの奴なんて居ない。
『なんですか?』
『い、いやぁごめんなさい、何でもないですよ』
戸を閉めて家の人が奥に戻っていく。見間違いかなぁと思って振り返ると、やっぱり閉まった戸の向こうに、ライダースーツの男が立ってるようにしか見えない、何かを見間違えてるとかじゃない。変だねって近所で話していたんだって。
「そのうちにな、なんでかわかんないんだけどな。1ヶ月ぐらい経ってさ、近所の人が回覧板とか持ってくるじゃん。その家、おじさんが車に乗るだけなのにさ、玄関の下駄箱の上に何故か1個、フルフェイスのヘルメットが置いてあるっていうんだ。
『ヘルメットあるけどなんなんですか?』
近所の人が思わず尋ねたら、
『ききます、普通?』
その家のおじさんもおばさんも笑いながらそう答えるからみんなきけなくなっちゃった。
「更にしばらく経つと、よくわかんないんだけどおじさんがあんまり家から出なくなっちゃった。もともと在宅でもできる仕事だったらしいんだけど、それにしたって全然出てこないし、いい歳なのに髪も変に長くなっちゃって。どうしちゃったのかな、と思ってたら、娘さんが外でこんなことを言って。
『外だから言えるんだけど、あの事故で亡くなった人ってね、絶対うちと関係ある人だと思う。そうじゃなかったら、ちょっと顔が向いてたからってこんなことにならないんだ。あれからお父さんもお母さんもおかしくなっちゃって会話になんないし、私ね、大学に入ったら絶対家から出て、あんまり交流しないでおこうと思うんだ』
「最近その娘さん、近くに住んでる親戚の家から高校に通ってるんだ。大学も意図的に遠くのを目指してるらしいんだけど、『家が怖い、気持ち悪い』って言ってて。親戚もそんな馬鹿なって家に行ってみたらしいんだけど、何とも言えない顔で帰ってきてさ、
「……そういう親戚が俺にいる訳だよ」
友人はそこまで言って、持っていた缶の中身を飲み干した。
「た、大変だねそれ、大丈夫なの」
突然のショッキングな話題に、そんな当たり障りのない返ししかできない。
「俺んちも親戚だからさ、電話したりするんだけど変な感じで会話になんないし、近所の人に様子をきいたらそんなこと言われるし。最初事件が起きたときは災難でしたね大変でしたねとか会話できてたんだけど。娘さんは唯一まともだったけど、家出ちゃったし」
そこで一度言葉を切ってから、言いづらそうに友人はとんでもないことを言い出した。
「……でさぁ、俺さぁ、そこのおじさんに借金があるんだ」
「お、おう、急展開だな?」
「急に返してくれって言ってきて、お金に困ってる訳でもなさそうなのにさ。で俺な、今日今から行かなきゃいけないんだ。1人で行くの怖いからさぁ……お前、来てくれるよな?」
(あ、もう、『来てくれないか』じゃないんだ)
まず最初に浮かんだのはそんな突っ込みだった。
勿論そんな怖い話を聞かされて行く気になろう筈もない。断ろうとしたのだが、友人はえらく食い下がってくる。
「頼むよ、横に居てくれるだけでいいからさぁ」
「なんかのサクラみたいになってんじゃん」
「いや、もうさ、玄関ですぐ済ませようと思うんだ。でも1人で行ってさ、もしヘルメットあったら怖いじゃん」
金を借りたのは事故が起きる相当前なんだよ、と友人はぼやく。
「そんな大した額じゃないから正直忘れてたんだけど。急に返してって言うから、それは返さないとだから行くんだけど、なんか意味深じゃん娘さんが出て行った後で言ってくるの」
頼む、一緒に来てくれよ、と何度も頭を下げる友人に、
(タダ酒飲ませてもらっちゃったしなぁ……まぁ、悲惨な事故があって精神的におかしくなってるってことなのかな、あとライダースーツは流石に嘘っていうか、近所の人の勘違いなんじゃないの)
逡巡しながらも渋々付いていくことに了承すると、友人はほっとしたようにありがとう、と呟いた。

向かった先は普通の一軒家で、とてもそんな凄惨な出来事があった場所とは思えなかった。
友人がインターホンを押して、「おじさん来ましたよー」と声をかけたが、応答がない。
「あれ、おじさーん?」
再度声をかけると、ちょっと間があって、
「あぁごめんごめんごめん」
とおじさんが出て来た。
その感じからすると、どうも誰かと話している途中で出て来たような雰囲気で、変なタイミングで来ちゃったなぁと友人を顔を見合わせた。
「お久しぶりだね、ごめんね急に」
おじさんは聞いていたとおり、その年代の男性にしてはだいぶ髪が長かったが、それ以外は至って普通の人で、初対面の自分にも愛想よく接してくれる。
「いや全然、悪いのはこっちですから」
言葉を交わしているうちに、どうしてか家に上がる流れになってしまった。
どうにも断れず、仕方なく2人でおじさんの後について家に入った。
玄関で靴を脱ぐときに気になって下駄箱を見ると、どこにでもありそうな花瓶や飾りのものが置いてあるだけで、ヘルメットは見当たらない。
(ヘルメット無いじゃん、風評被害かよ……ひょっとしたら近所付き合いがうまくいってなくて、近所の悪い奴が噂流してるだけなのかもなぁ)
などと考えていると応接間らしき部屋に通された。座って待っているとコップに入った麦茶を出してもらったのだが、そのコップがやけに汚い。洗ってはあるらしいが、洗い方を知らない人間が洗ったようで汚れが取り切れていないのだ。
「あれ、おばさんどうしました?1人なんですか?」
友人が尋ねると、おじさんは妙なことを言う。
「いつ帰ってくるかわかんないんだよねぇ。不倫だったら嫌だなぁ」
(なんだその気持ち悪い返し……)
おじさんの言葉にひっかかりを感じたが、自分は部外者なのでそれに突っ込む訳にもいかない。何気なく辺りを見回すと、応接間の隅の机の上に明らかに女性ものの携帯電話が置いてあるのが目に入った。どんな理由にせよ、携帯を置いたまま家を出るものだろうか……それがやけに気になった。
麦茶に手をつけないでいることに気付いたのか、おじさんは取り繕うように奥さんが不在だから洗い物が溜まっているというようなことを言ってきた。
自分が食器を洗ったりするのが苦にならないタイプの人間ということもあり、またお金を返す返さないの場に居るのも嫌だったので、これ幸いと、
「だったら俺、洗っておきましょうか?」
と切り出した。
「いやぁ初対面なのにそんなことさせる訳には」
渋るおじさんをなんとか説き伏せ、廊下を挟んで向かい側にあるという台所にそそくさと向かった。シンクを見ると、結構な量の食器が溜まっていたが、洗剤やスポンジはちゃんと揃っていたので、まぁこれならやれそうだなと算段を付け、「洗っておきますね、お湯出しますよ」と声をかけてから洗い物を始めた。
友人とおじさんの話し声を背中で聞きながら溜まった食器を1つずつ洗っていると、ふと背後に視線を感じる。
気になってチラチラと廊下を見返すが、何もない。
それを何度か繰り返してから、(あ、これ違うな、普通の高さじゃない……もっと低い、床の方とかから見られてるな)と思い至った。
慌ててそこに視線をやると、確かに何かがそこにあったのだが、それがゴズズ……と低い音を立てて引っ込むところがかろうじて見えた。
(な、なんだ?普通のものはゴズズって行かないよな?)
洗い物を一旦切り上げて廊下に出てみたが、見渡せる範囲には不審なものは何もない。
自分の体験した出来事が信じられないでいると、突然声がした。

「意外と意識があるもんなんだってね」

声の方を見ると、応接間からおじさんがこちらに身を乗り出している。
「は?何がですか、意識?なんなんですか?」
きき返しても、それ以上は何も答えてくれなかった。
首を捻りながらもあらかた洗い物を終え、応接間に戻ったら、何故か友人が居ない。
「あれ、トイレとか行ったんですか?」
「誰が?」
「いや、ほら、居たでしょう?」
「知らないなぁ」
「さっきまで話してたでしょう?」
知らない筈がないのに、おじさんは素知らぬ顔で答えてくれない。
他人の家をウロウロ探し回る訳にもいかず、応接間で友人を待つことにしたのだが、何の話題もなく5分くらい沈黙が流れた。
時計の針の音が聞こえてくるレベルの沈黙に、気まずいな嫌だなぁと思っていると、不意におじさんが話しかけてきた。
「家の話きいた?この家に起きた話」
「あぁ……まぁ、ハイ、さわりくらいは」
「やっぱりアイツおしゃべりだな、信用できないなぁ」
「え……あ、はぁ……」
だいぶ感じは悪いが沈黙よりはマシかと適当に相槌を打っていると、トゥルルル……と固定電話が鳴った。呼び出し音は途切れることなく鳴り続けるが、おじさんは座ったまま受話器に向かおうともしない。
「出なくていいんですか?」
おじさんは正面を向いたまま、何も言わない。
「え、あの、鳴ってますけど……」
誰も取らないまま、何コールか鳴ったあとに留守番電話に切り替わった。『ピーっと鳴りましたら、メッセージを入れてください』のありふれた案内のあとに流れて来たのは、物凄い剣幕の若い女性の声だった。
『お母さんから全部きいたよ!!アンタ最低だ!!』
唐突な大声に驚いたが、話の内容からすると声の主はこの家を出ているという娘さんのようだ。
『やっぱりアンタ、死んだ人と関係があったんじゃないか!全部アンタの所為だ!お母さんやっと元に戻った!!アンタなんか、もう縁切ってやる!』
その剣幕と内容に呆然としていると、おじさんがはっはっはっは、と笑いながら自分に向かって話しかけてきた。
「ひどいねぇそれが自分の親に向かって言うことかねぇ、ねぇ?」
『最低だ!!アンタなんか』
録音時間いっぱいになったようで、女性の声はそこで途切れたが、
「高校生までちゃんとさぁ育ててやったのにさぁ、その言い草はないよねぇ」
おじさんは何かツボに入ったように尚も笑い続けている。
なんなんだこの人、やっぱり精神がヤバくなってんじゃないかと怖くなったその時。
「ンーー!!ンーー!!」
玄関の方で突然、変な音がした。それは友人の声のようだったが、明らかに声音が尋常じゃない。
「どうした!?」
慌てて廊下に出て玄関に向かうと、先程来たときには絶対に無かった筈のヘルメットを被って、友人がジタバタ暴れている。どうもヘルメットを取ろうともがいているような感じだ。
「ちょ、ちょっと何!?」
「ンーー!!ンーーー!!」
そんなに太っても顔が大きい訳でもないからスポッと取れそうなのに、何故かなかなかヘルメットを脱ぐことができないでいる。声をかけても聞こえているのかいないのか、呻き声をあげながら友人は暴れ続ける。ひどく呼吸も苦しそうだ。
「え、ちょっとちょっと!?」
えらく古い、地面を擦ったような跡があるヘルメットを急いで脱がせてやると、友人は急に酸素を吸い込みすぎたのか、気管に入ったようでゲホゴホと咳き込みはじめた。
「大丈夫かよ!?落ち着けって!」
ヘルメットを放り投げて背中をさすってやっていると、しばらくして呼吸は落ち着いてきたが、まだ喋れる状態にはならないようだ。
玄関先で友人の背中をさすり続けていると、今度は廊下の方から、ブツブツ呟くような声がしてきた。
声の方を見ると、いつからそこにいたのか、おじさんがヘルメットを持って立っていた。
さっき自分が放り投げたヘルメットを顔の高さまで持ち上げて、まるで会話をしているようにブツブツブツブツ喋っている。
「あ、アンタ何してんだ!?」
訳がわからず思わず怒鳴りつけると、おじさんはこっちを向いて、当たり前のことのように言った。

「男どうしの会話をしてるんだよ?」

(何言ってんだこいつ……!?)
更におじさんは、ヘルメットのバイザーをパカッと開けて、中の誰かの声を聴こうとするように耳を寄せて、ふん、ふんと頷いてから、

「えぇーこれからもっとひどくなるのぉこれ以上どうひどくなるっていうんだよぉ」

内容とは裏腹にやたらと陽気な口調のおじさんの言葉を聞いたところで、意識がブツンと途切れた。

気が付くと、200メートルほど離れたところの明るい電灯の下で、友人と2人揃って吐くものもないのにオエオエえずいていた。何故か靴はちゃんと履いて出て来ていた。
はっと気が付いて友人を揺さぶると、呆然とこちらを見返してきた。
「……どうする?も、戻る……?」
「戻んねぇよ!二度と行かないあんなとこ!」
だよな、とお互い頷きあってから、ほうほうの体で帰路についた。
何日か経ってその友人に出会ったときに、当然そのときの話題がでた。
「あれ大変だったね、俺途中から記憶なくてさ」
友人が言うには、お金を返してちゃんと御礼も言って、「じゃあそろそろ洗い物も終わったみたいだから帰りますよ」と言って立ち上がったら何かに当たったそうだ。
「人の感触で、後から考えたら絶対あれライダースーツだったと思うんだよな。それから記憶がなくて、気が付いたらヘルメット被ってて。入るときはスポッと入ったっぽかったのに全然脱げなくてさ、閉所恐怖症でもないのに妙に息苦しくて、あのままだったら俺死んでたかもしれないよ」
いやぁ持つべきものは友だちだよなとうんうん頷く友人に、その言葉そっくりそのまま返すわ、と軽口を叩いてから、気になっていたことを尋ねた。
「あのおじさんどうしてんの?」
「それがなぁ。あれからおばさんも家出て、おじさんが1人で暮らしてるんだけど、最近奇声が酷いらしいんだ。そろそろ警察かなにかの介入があるんじゃないかと思うんだけど」
それでも、まだあの家に住んでるとのことだった。

そんな家が、あるという話だ。



※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「THE禍話 第23夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(34:22ごろから)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/585289621


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