禍話リライト『落ち武者ホテル』

「……『落ち武者ホテル』?」
それはネットの掲示板かなにかで見つけた心霊スポットだった。
「落ち武者」と「ホテル」という言葉の取り合わせがどうにもナンセンスで、絶対に作り話だと思ったという。
「落ち武者だったらせめて旅館とかだろ?」と仲間内で盛り上がって、どんなところかと行ってみることになった。
情報を基に車で向かうと、国道からすぐの場所にあるそこはよりにもよってラブホテルだった。しかもコテージ状の、一部屋一部屋独立したつくりになっているタイプのラブホテルだ。
「いよいよ落ち武者関係ないじゃん!」
嫌だろラブホテルに出る落ち武者とか……誰かの言葉につい絵面を想像するが、どう考えてもギャグにしかならない。
「落ち武者が備品を配りに来んのか?」
「致してるカップルに『避妊をしろぉ~』とか言ってくんの?」
みたいな下らない冗談を言い合いながら、入り口近くに車を止めて散策することになった。
「なんで落ち武者っていうのかねぇ」
などと言って受付らしい建物をふと見ると、壁になにか落書きがしてある。
髪がざんばらの生首のシルエットにも見える落書きが、黒いスプレーかなにかで描かれているようだった。
「これさ、天然パーマみたいなふわっとした髪型だし、この絵を見てそれで皆が落ち武者とか言うのかなぁ」
「だったら落ち武者絶対出ないじゃん!!」
あー期待して損したよー、と残念な空気になりかけたものの、
「せっかくだからあちこち見てまわって、怖い落書きとか遺留品とか、物音の一つでもすれば面白い体験ってことになっていいじゃないの」
と言われ、それもそうか、と気を取り直して散策することになった。

面白おかしく騒ぎながらあちこち見てまわるが、どこを見てもこの手のラブホテルが廃墟になっているだけの場所にしか見えない。
そんな中、一人の女の子が来たときに比べて妙にノリが悪くなったのが気になった。
(この子それこそ最初の方は落ち武者ギャグでゲラゲラ笑っていたのになぁ、変だなぁ)
あまりにその子のテンションが低いので、
「なんだよ、ひょっとしてお前にだけ幽霊が見えてたりしてんの?」
そういう時は言ってくれよ逃げるからさ、と冗談めかして声をかけると、
「あたしねぇ、あれ女の首に見えたなぁ」
彼女は首を捻りながら言った。
あれとは、さっき見た落書きのことだろう。
「皆は落ち武者だって言ってるけど、あたしは女の首に見えたなぁ」
そう言われても、シルエットだからどう解釈してもいいはずだし、そもそもそんなに落ち込むようなことでもない。
「まぁ、どっちかって言うとクラゲにも近いような絵でもあったけどね」
「へこむようなことじゃないじゃん。なんでそんな沈んでんの?」
「いやわかんないけど、うーん……」
不思議に思った周囲が問いただすも、歯切れの悪い返事しか返って来なかった。

その後しばらくバラバラになって散策していると、仲間の一人がこちらに合流して、
「他の人も来たから帰ろうよ」
と言って来た。
「そうなの?車の音しなかったけどなぁ」
「なんかね、女子高生が何人か来ててさ、例の落ち武者っぽく見えるとこを懐中電灯で照らしながらなんか喋ってたよ。プリクラだとかなんとか言ってたし制服着てたし、多分女子高生じゃないかな」
「あっそう。じゃあまぁ帰ろっか。そんな大人数でぐるぐる見てまわるようなところでもないし、別に何にもなかったし」
奥まで行っていた連中も呼び戻し、皆で車を置いていた入り口付近まで戻ったが、話に聞いていた女子高生どころか誰もいない。
「あれ、女子高生いないよ?いたんでしょ?」
「うん、2,3人で落ち武者に見えるとこを照らして、『プリクラなんだよねー』みたいなこと言ってたよ」
「……プリクラじゃないよ?」
「いやそうなんだけど。なんか話題に出たんじゃないの?」
そうなんだ、まぁ帰ろうか、と言いながら何気なく車をぱっと照らした時。その場の全員が「えっ」と目を見張った。
照らした先に見えた車の後部座席に、誰か座っている。
「あれ?」
勿論、仲間たちは全員車の外にいる。
一瞬、(女子高生が冗談で乗ったとか……)と無理やり思いこもうとしたが、当然ながら鍵はちゃんとかけてある。
「えっどういうこと……?」
何が起こっているのか確認しようと皆で近付いていき、乗っているのが女性だ、ということがわかったくらいで、メンバーの中で一番先頭に立っていた男が、
「うわ、うわうわ……」
と呟いて後ずさった。
それなりにガタイの良い彼が後ずさるようなところなんか、仲間内で誰も見たことない。
「ちょ、ヤバいヤバいヤバい……女がいる」
彼は青ざめた顔でこちらを振り返った。
「うん、それは皆わかってる。知らない女がいる」
「変なことを今から言うんだけど。俺視力もいいしわかったんだけど、ゆらゆらしてる」
「ゆ、ゆらゆらの意味がわかんない」
彼はどう表現するべきか、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「あの車は、水中にはないんだけど、水中にいるみたいな感じで、ゆらゆらしてる」
「いやいやいや駄目でしょ、お前何言ってんの……」
その言葉に理解が追い付かないうちに、尚も彼は自分の見たものを言い表そうと言葉を重ねてくる。
「思ったけど、あれ、髪が若干天然パーマな奴で、そういう奴が今、車の後部座席で、ゆらゆらしてる、クラゲみたいに」
彼の言葉に、
「怖い怖い!!!」
「どういうこと……!?」
その場にいた全員が恐怖でパニックになった時。

「ていうことはその女はやっぱり溺れ死んだんですかね?」

突然後ろから声がして皆が振り返ると、全然知らない女子高生が2,3人そこにいた。
懐中電灯を持っているが、明かりを点けず真っ暗ななかに立っている。
そのうち、一番手前に居る女子高生が、
「その女はやっぱり溺れ死んだってことなんですかねぇ?」
腕組みして、すごく嬉しそうに言ってきた。
(この子何言ってんの……?)
今まで確かにそこにいなかったはずの女子高生が、にこやかに不気味なことを話しかけてくる。
その間も、車内の女は後部座席で前後左右に勝手に揺れている。
(これ多分ずっとゆらゆら揺蕩ってるんだ……)
と思う間もなく、畳みかけるように、

「ということはこの辺、近くにため池があるんですけど、そこで亡くなった方ですかねぇ!?」

気持ち悪いことを言う女子高生も怖いし、ゆらゆらしている車内の女も怖い。
恐怖が頂点に達し、全員で走って国道まで逃げだした。
「あれ俺の車だけど、ちょっと置いといてさ、もうちょい知り合い呼ぼう!」
車の持ち主の意見に誰も異を唱えず、「ちょっと変なことが起きてるんだけどさー……」と近くのコンビニで援軍として知り合いを呼ぶことにした。
来てくれた知り合いたちと恐る恐るラブホテルまで戻ると、車は来たときと同じ場所に置いてあるままだった。女子高生も車内の女も居なくなっている。
安堵しながら念のため確認すると、何故か後部座席がそこだけ空気の層があるみたいにえらく寒い。
怖くて乗れないので、心霊現象やなんやを信じておらず一番明るいテンションでやって来た奴にその車を運転してもらうことにして、他のメンバーは別の車に分乗して帰ることにした。
帰る道中、仲間の一人が得心したように、
「プリクラじゃなくて『シミュラクラ』でしょうなぁ」
うんうんと頷きながら言うので、
「あぁシミュラクラかぁ成程な……お前本当に余計なこと言うなぁ……」
とその場の全員がげんなりしたのだそうだ。

※『シミュラクラ(現象)』とは、点が3つ集まっていると人の顔に見えるという脳の働きのことである。

・・・

でね、話してくれた人に言われましたよ。
「その体験なんだったんだろうなぁと思ってたんですけど、最近よく話題になってる創造主というか、禍職人のキャラに近しいものなんじゃないか」って。
ただ、全然住んでる県が違うから、そいつは九州限定じゃないんですねって言われて、ひょっとしたらあちこちに種を撒いてるのかも知れませんねって話したんだけど。
皆さんも、近所に変な落書きとかあったときに、変に怖い想像しちゃうと良くないんじゃないかなぁって思いますね。



※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「ザ・禍話 第七夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(47:42ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/609481099

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