禍話リライト『崖の黒い女』

会社の休みで……休日と言っても他の人の休日ではないっていうか。平日に休み取って、昼間ぐらいに山登ってたらしいんですよ、九州のどっかの山。若干パワハラ気味な先輩と一緒に山登ってたらしいんですよ。服装とかちゃんと準備して。
登っていたら、ものすごい軽装だなこいつって女が前を歩いてたんですって。
髪の長い、黒い服着た女で、もう完全に山に登る格好じゃないっていうの。
まぁそんなにすごい山じゃないらしいんだけど、でもちょっと準備が要るぞぐらいの山なんですって。散歩気分で行く山ではないというか。
あれって思ってたら、その先輩が結構初心者にバシバシいっちゃうみたいな人で、初対面でも。
(言わねぇよな言わねぇよな)って気が気じゃなかったの。
なんかフラフラしてるんだって、前歩いてる女が。
だから内心、自殺志願者とかじゃないかって。そっちで声かけようかと思ったんだけど、先輩はもう、ニワカを叩き潰すみたいな気持ちが勝ってて。
でも自殺志願者だったら昼間にそんな人が使う山道とか歩かないし、後ろに自分たちがいるのは話し声とかでわかる訳だから、もし自殺志願者ならとっくにやめるかどっか行っちゃうだろうし、ずっと歩いてるからまぁ違うのかなと思ってたら、
「俺ちょっと言ってくるわ!」つって行っちゃったんですって。
(もうやめた方がいいって……)って思ってたら、
「ちょっとアンタ!」
って言いながらその女を通り過ぎたんですって先輩が。おかしいじゃないですか。
え?え?と思ってたら、
「ちょっとちょっとアンタ……」
通り過ぎてそのままね、崖の方に行っちゃうんですって。
「ちょっとちょっ」
そのまま崖に降りていくっていうか、フッていなくなって。
「えぇっ先輩!?」
急いで女を追い抜いて確認したら、なだらかなんですけど、崖は崖ですから。下にちょっと、足が転がってるっていうか、ダメな角度で落ちてるのがわかったっていうんですよ
「うわっ!?」と思って。そうとわかってれば安全に降りれるところですから、一応紐とか結わえて降りていったら、もう頭とか首とか打っちゃって、死んでたらしいんですよ。
(うわぁ……ど、どうしよう)って思って。
ちょっと昔の話なんで。携帯とかギリギリある時代なんですけど、慌てて確認したら電波は流石にダメで。もう頭真っ白になって。
(ダメかダメだよな、とりあえずちゃんと道に戻って通報しないと……ええぇ何これ……)
と思ってたら。

「どこが折れて死んでる?」

声がして。
「どこが折れて死んでる?」
はぁ?と思って上見たんですって。
そしたらその、先輩が出てって超えちゃったガードレール越しに、ガードレールに両肘預けて。さっきの女が、
「どこが折れて死んでる?」
って嬉しそうに訊くんですって。
(うえぇ怖えぇ!!)ってなって。
普通さ、「不謹慎だ!」とか「お前誰だ!?」とか言うとこなんですけど、そう言ってる場合じゃないんですって。
というのは、まだ昼間なんですけど。
その女、真っ黒で見えないっていうんですよ
一応そりゃ影にはなってるんだけど、上から覗いてるんだから。でも何にも見えないのは駄目だってなったらしくて。
もうパニックで、獣道を降りるしかなくなって。余計時間かかっちゃって危うく遭難しかけたらしいんだけど。
後で警察にはその黒い女の話したんだけど、「まぁそれは置いといて」って話になったらしいの。
ないらしいのよ、痕跡が。指紋とかも付いてなかったし、女が身体を預けてたガードレールにも何もなかったから。間違いなく事故は事故だということで、「まぁなんか見間違えちゃったってことです」ってなっちゃったらしいんです。だから事故死ですよ。
で、お葬式になって、行った訳ですよ。
その先輩、奥さんと、大学生ぐらいの息子がいたらしいんだけど。ちょっとマナーがおかしいのかなっていうか、申し訳ないけど旦那が旦那なら奥さんも子供もそうかなって感じで。
めちゃくちゃ責められたんですって。
「お前が殺したようなもんだ!」
「よく来れたな!」
みたいな。
他の親族とかが、
「いやいやいや何言ってるんだお前、ちょっとこっち来なさい」
「すいませんねちょっとあの動揺してるんで、申し訳ないですね」
とかフォロー入れてくるような感じで。
「いやそれはもう全然……」
とか返して。会社の人は慰めてくれて。
何となく棺の方を見たら、顔を見る窓は閉まっちゃってる感じで、
(そんな顔は酷くなかったけど、閉まってんだな……)
とか考えながら、「本当この度は……」とか挨拶して。
遺影も、急遽作ったから変な合成になってる遺影で。
その先輩、あんまり写真撮られるの好きな人じゃなかったらしいんだけど、変な感じになってる訳。ああいう時って遺影は急遽作るから。長く入院してるとかじゃないから。
その遺影を、お焼香してふっと見たらね。
真っ黒に塗りつぶされてるように見えたんですって、一瞬。
(えっ!?)ってなったけど、でもそこであんまり声あげてもアレだから抑えて、もう一回見たら普通なんですって。
葬儀が終わって、早々に失礼しますって帰りながら、(気持ち悪いな……え?怖い、何これ)って思ってたら。
一緒に行ってた奴が、
「いやなんかわかんないんだけどさ。照明の加減なのかなぁ、お焼香のときにさ、先輩の遺影?あれが一瞬真っ黒に見えたんだんだよな」
って言いだして。そしたら、
「俺も俺も」
ってみんな言うんだって。
ただ、みんなは照明の加減とか自分が疲れてる所為だと思ってたんだけどって言うから、自分は言わなかったんですって、もうその話は。
当然同僚にも言ってないんですよ、黒い女の話は。「一緒に行って落ちた」しか言ってないんですよ。
(言ってないのにそう見るっていうのはヤベェなぁ)って思ってたんですって。

で、先輩が亡くなったらその家との交流ないじゃないですか、当然。
二年ぐらい経って。まぁ家の場所とかは知ってるから、なにかの拍子にそこを通ったら、お通夜してると。
(あれ、誰が……)
その家、おじいちゃんとかおばあちゃんいなかったんですよ。そこには住んでなかったというか。
てっきりね、遠くに住んでるどっちかのおじいちゃんおばあちゃんが亡くなったのかと思って何気に停めてみたら、
「ねぇ奥さん亡くなっちゃってねぇ……」
って話してるの。
「すみませんあの、今は全然連絡取ってなかったんですけど、昔ここの旦那さんと……」
とか声をかけたら、
「あぁそうなんですか。旦那さんもね、山で亡くなっちゃってねぇ」
近所の人が話してくれたんだけど、あの後息子さんが家を出て一人暮らししてたと。そこは別にいいじゃないですか。
で、奥さんが一人になったんだけど、なんかこう旦那さんが亡くなってから気落ちしちゃったのかあんまり外に出なくなって、買い物も配達で済ませちゃうし、全然外に、庭にも出てこないみたいになっちゃって。
大丈夫かなぁって思ってたら、やっぱり精神的にもちょっとおかしくなってて、家の中で階段から転げ落ちて亡くなっちゃってたと。
「……階段から転げ落ちたんですか?」
「そうなんですよ、首の骨折っちゃって」
って言われて。
町内会の人が回覧板届けに来たら、なんかドア開くけどなぁと思ったら開けたところで亡くなってたと。
その場で見た瞬間亡くなってるってわかるような首の折れ方だったらしくて、
「ほんとねぇ、こんなことで息子さんも一人になっちゃって可哀想ですよね」
とか言ってるの。
「あー、そうなん、ですか……」とか相槌打ってると、その人がどうも話好きな人みたいで。
「いやぁでもねぇ、こんなとこで言うことじゃないけど、ちょっと気持ち悪いことがあってね」
って言いだして。
(これ以上気持ち悪いことはないだろ!)と思ったんだけど、続きを聞いたら。
最近になって、夜に外とか散歩に行ってるみたいで。家から出てくる人がいて、庭とかをグルグル回ってたりしたから、ちょっとは外に出ようっていうかリハビリみたいなことをする気になったのかなって皆思ってたんですって。
で、夜に近所の犬の散歩とかジョギングしてる人とかが、(あ、庭を出歩いてるな、リハビリしてるんだな)って思って見てたんですって。
「……でも髪型が一致しないんですよね」って。
亡くなった奥さんは髪切ってて、短くなってたらしいんだけど。
「私たちが見た人っていうのは、真っ黒な庭の中を、長い髪のひとがグルグル歩いてたんですよ。そこがおかしいんだよなぁって思うんですけどね」
って聞いたときに背筋が凍ったと。
その、『長い髪』っていうのは、彼が最初に山で見た女の髪型だったからっていうんですけどね。

・・・

なんでその後輩無事なのって?さぁ……?
あぁでもね、なんで全員死なないか、ってあるじゃん、そういう話で。

『語り継ぐ奴が居ないから』だっていうの。

例えばヤンキーなんかでもさ、完全に相手倒しちゃったら駄目でしょ?
誰か見てる奴がいないと駄目でしょっていうことで、ヤバい奴に限って残したがるっていうの、誰かを。
だから、気を付けた方がいい。



※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「THE禍話 第22夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(49:20ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/584092568

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