死神と2つの風車

こちらは、
2012.03.20 サンホラオンリーへようこそ9
にて発行された「HisStory」へ寄稿した考察です。

当時の原稿をそのまま掲載しているため、その後、提示/示唆された内容や、現在の筆者の考察内容と矛盾が生じている可能性がありますが、ご了承いただければと思います。



 時代に望まれたとまで語られた英雄、Albers Alvarez 。『Chronicle 』では彼に関する記述が何ページ有るのかはよく分からないが、『Chronicle 2nd 』では八巻のP.324 から少なくとも一巻分以上に渡って、その人生と、それに深く関わる出来事が語られている、更に『Roman 』においても名前だけではあるが登場する人物である。『Chronicle 2nd 』では教団の刺客となったゲーフェンバウアーによって命を落とす彼が、『Chronicle 』や『Chronicle 2nd 』の世界にどのような影響を与えたのだろうかを考えていきたい。

 初めに、本題とは離れてしまうが、今回の考察における前提条件の一つ目として、『Chronicle (2nd 含む)』世界の予言書によって定められている史実は、現実の歴史と重なる部分が多くなるべきものであると考える。そう考えた根拠としてあげるには些か心もとないが、私は「〈空白〉のChronicle 」の「君」は聞き手の私達であり、「空白の〈永遠〉」はSH の幻想世界と現実を結びつけるものと解釈した。〈空白〉はたったの十秒であるのに、同時に永遠なのだ。銀盤に描かれ、一見繋がりそうな錯覚にも陥りそうな物語と現実の間にある空白は埋まる事のない物である。そして、〈空白〉がもし本当にその溝を表すのならば、この「〈空白〉のChronicle 」には聞き手を現実へと帰す役割があるのかもしれない。そして、もう一つの前提条件は「緋色の風車」に関してで

ある。詳しくは後述させていただくとして、私はこの二つの風車は『Chronicle 』と『Chronicle 2nd 』のそれぞれに連なるべきものなのではないかと考えている。また、『Roman 』の「緋色の風車」に出てくる少年はローランサンで、彼と共に逃げた「君」を襲ったのは「見えざる腕」の赤髪ローランであると考える。「緋色の風車」と「見えざる腕」の時系列や赤髪ローランの腕については憶測でしか語る事が出来な

いため、細かな考察は割愛し、『Roman 』の「緋色の風車」はアルヴァレス亡命後ではないだろうかとしておきたい。

 本題に戻るが、「聖戦と死神」を中心とする曲には現実と同名または実在の地名を元にしたと思われる場所が登場する。それらを元にして、彼の生きた時代について考えたい。

【曲中に登場する主な地名】

・Welkenraedt :ベルギー北東部。

・Belga :ベルギーの事。

・Britannia :イギリス(※ラテン語名)。また、曲中に出て

くるアヴァロンとは、イギリスの伝説の島の名である。

・Flandre :フランダース。本来はベルギー西部からフラン

ス北端にかけてのこと。理由は後述するが、便宜上、ここ

では現在のフランスと解釈する。

・Preuzehn :プロイセン(現在のドイツ北部)。

・Castilla :現在のスペイン。

・Lombardo :ロンバルディア。イタリアの北部。

・Aragon :スペインの北東部。

・Canterbury :イギリス南東部。

・Grasmere :イギリス北西部、カンブリア州の村。

・Verseine 宮殿:イヴリーヌにあるヴェルサイユ宮殿。

1682 年に建てられた。

・Garia :現在のフランス、ベルギー、スイス、オランダとドイツの一部。

さて、こうして並べてみると、案外時代が特定しにくい。

ここで、時代の候補を二つ挙げたい。

 候補の一つは「薔薇の騎士団」の内容から薔薇戦争、そしてそれと同時にイギリスとフランスの戦いであるところから百年戦争の時代である。実はこの薔薇戦争と百年戦争、調べてみると現実では百年戦争→薔薇戦争、曲中はイギリス内部での争い→フランスとの戦いと逆になっており、立場もイギリスとフランスを逆転させるとあてはまる点が多い。しかし、前述のように、曲中のフランドルを現実のフランスとするにはここで疑問が生じる。なぜならば、百年戦争の時代においてフランドルは実在しており、戦いの際に基本的にイギリス側についていたのだ。また、この場所はフランスに制圧されていたのもあり、Chronicle(2nd) 世界でのフランドルの様な力を持っているとは考えにくい。

 もう片方の候補は、フランス革命とナポレオン戦争である。この時代を挙げたのには、戦いの中でベルギーやフランドルがフランスに併合されている事が理由にある。曲中にて、キルデベルト六世はアルヴァレスにBelga の独立自治権を持ちかけているので、少なくともBritannia 攻めの時期には既にBelga はFlandre 領だったのだろう。フランス革命並びにナポレオン戦争の時代、ベルギーはフランスの衛星国になっている。そのことより、地名の解釈において、曲中のフランドル帝国を現在のフランスを指すとする考えに至った。また、つまりヴェルサイユ宮殿は1682 年に建てられている。休戦協定会議が行われる場所に選ばれた理由であろう講和条約が結ばれたのはもっと後の話だが、1789 年~1799 年のフランス革命、1803 年~1815 年のナポレオン戦争時には既に存在していたはずなので、会議を行うというのもありえるのではないだろうか。こちらの時代も曲と現実の歴史では、ずれが生じてしまうのだが、最終的に不利になっていくのはフランスである事、失敗はしたもののドーバー方面からイギリス上陸を計画していたなど共通点は多い。

 更に、私は「侵略する者される者」の最後にある「彼方より来たる軍馬の嘶きが~」の台詞を、Aragon の戦いの事と考えている。その場合、最低でも「聖戦と死神」はレコンキスタの終わる1492 年以降となるので、今回はこのフランス革命、並びにナポレオン戦争を舞台となった時代と仮定する(時代的には百年戦争で、戦いの内容や国の関係はナポレオン戦争・・・なんて可能性もあるかも知れないが、それは今回は考えない方向でいこうと思う)。時代を仮定した上で、「聖戦と死神」の中での争いを現実

と照らし合わせてみたい。まず、曲中ではアルヴァレスによって滅ぼされたという事になっている三国についてであるが、現実のフランス革命では1795 年の四月にプロイセンが、同年七月にスペインがフランスとの戦争の継続を断念してバーゼル和約を締結している。しかし、北イタリアは1796年にナポレオンによって占領されており、ナポレオンによる北イタリア占領を「聖戦と死神」の中でのLombardo 攻めと置き換えるならば、それよりも以前にアルヴァレスはPreuzehn を攻め滅ぼし、Lombardo 攻めの後にAragon の

戦いでCastilla を滅ぼしたのだろう(現実で言えば、1796年からスペインはフランスの衛星国としてイギリスに宣戦布告したのだからこの辺りの時代と捉えれば妥当だろうか)。

 次に、Britannia 暦627 年(帝国暦元年)のBritannia攻めである。前述の通り、かのナポレオンもドーバーよりイギリスを攻略しようとしている。1805 年、フランス・スペ

インはドーバー海峡に面したブローニュに兵を集め開戦。しかし、このトラファルガーの海戦はフランスの敗北で終わり、イギリス上陸どころかフランスへの上陸を許してしまっている。対照的に「聖戦と死神」では帝国軍はイギリス上陸に成功している。聖戦の終結をナポレオン戦争における1815年のワーテルローの戦いと考えると、逆算してこのCanterbury の戦いとGrasmere の戦いは現実の1807 年辺りに相当し、トラファルガーの海戦とは二年程のずれが出る。そのことに関しては、Aragon の戦いとBritannia 侵略の間に記述がなく不明だが、この二つの戦いがトラファルガーの海戦とは違い二か所からの挟み撃ちである為、準備に時間がかかったのかも知れないし、もしかしたらPreuzehn の脅威がなくなった事で現実よりも早く周りの国々の支配に乗り出していたのかも知れない。

 そして、これ以降の戦いについての記述はないが重鎮として扱われている印象を受ける辺り、亡命後もアルヴァレスの活躍は目覚ましいものであったのだろう。アルヴァレスの亡命は、歴史の分岐点であると私は思っている。それ故に彼は二つの異なる予言書に記され、歴史を狂わせる事を恐れた黒の教団に刺客を放たれたのだと。

 それに関して前述した風車の事を言えば、どちらがChronicle でどちらがChronicle 2nd に連なるのだろうか。「聖戦と死神」の内容から、アルヴァレスがついた国が有利になるであろうと推測し、これは彼がつかなかった方の国で起きた事件なのではないかと私は考える。その「緋色の風車」の曲中で使用されている言語であるが、『Roman 』ではフランス語、『少年は剣を・・・』では英語となっている。ここからアルヴァレスと風車の関係性を考える。「聖戦と死神」が、「〈ハジマリ〉のChronicle 」で語られる「鎖ざされていた物語」の内の一つであるとするならば、最終的な聖戦の終わりは変わらずとも、その曲のないChronicle 世界では、彼はBritanniaに寝返る事はなく最後までFlandre について戦っていたのかも知れず、戦いの経過は変わっていただろう。

 Chronicle 2nd では不利なのはFlandre でそれに連なる地平線で犠牲になるのはFlandre 又はその領地であるので『Roman 』とし、Chronicle 世界では『少年~』の方の風車の様に、Britannia の本土又は領地が犠牲になったのではないだろうか。現実で『Roman 』の「緋色の風車」の元になりそうな戦いを考えると、1813 年にイギリス軍がアムステルダムへ入城、1814 年にナポレオン軍が撤退している戦いがある。オランダといえば15 世紀頃から風車が多用され始め、18世紀にはフランスの衛星国となっているので、曲中の言語がフランス語であってもそう不自然には感じないだろう。1814 年となると戦いの終わる一年ほど前となり、アルヴァレス亡き後ではあるが、彼はその人望で亡命者を殺到させ、帝国への反撃の狼煙を上げさせた程であるから、死後であっても影響は大きくFlandre を追い詰める事は可能だろう。ローザは虐殺など望まないであろうが、戦場で彼女の考えが全ての人に伝わっていたかはわからず、「緋色の風車」の悲劇が起きる可能性も十分に考えられるのだ。

 ここまで、アルヴァレスの存在が現実の歴史とSH の歴史の溝を生む一つの要因として話をしてきた。最後に、今まで以上に憶測を含む事を語らせていただきたい。「聖戦と死神」の終わりに夕日に染まる丘と寄り添うように並ぶ二つの墓標が登場する。丘はアルヴァレスとシャルロッテの約束の丘、二つの墓標は彼らの墓標だろう。しかし、この時期は現実でのベルギーはまだフランス統治下にあるはずなのに、何故彼の墓標が約束の丘にあるのだろうという疑問が頭をよぎる。

 けれど、それは愚問なのかもしれない。Garia 全土に衝撃を走らせたアルヴァレスの事である。彼の生前の行動やローザ達の働きかけにより、もしかしたら現実よりも早い段階でBelga の独立が叶い、彼は約束通り夕陽の丘で待つシャルロッテの元へと帰る事ができたのかもしれない。いずれにせよ、Belga はBritannia との国交が回復したのだろう。ルーナから捧げられた詩の通り、アルヴァレスはSH の世界において多くを為した。最終的な改竄こそ許されない歴史ではあるが、こうして彼が一つの約束を果たすために生き、

生みだした時のうねりは、地平線をも超えた所にまで影響を及ぼしたのではないだろうか。


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