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ワタシは何者だ。

先日、ある会員制サロンの申込書を書く際に「業態」という欄があった。「職種」だとコピーライター、クリエイティブディレクターと書けばいいのだけど(コピーライターはともかくクリエイティブディレクターもちゃんと理解してもらえないけど)、業態と言われると、ハタと困った。著述業?コミュニケーション促進業?問題解決業?(これはある意味言い当てているけど)結果としては「広告の企画制作業」と書いた。まあ、業態としては昔からある分野であり言い方だ。

でも、実際の日々の仕事はどうかというと、毎日毎日キャッチフレーズを考え続けていたり、新聞広告やテレビCMのアイデアを考えたり、企画したり、制作したりしているわけではない。というか広告を企画したり制作したりすることは、仕事のほんの一部になっている。以前は広告をこさえるというゴールへ向かうためにコンセプトワークや戦略的な提案をしていたと言える。その成果がないとギャランティを取れないとも考えていた。言い換えると、広告をこさえるための露払いみたいな感覚でコンセプトや戦略を考えていた。広告まで行きつかないと自分の仕事ではないと思っていた(思えなかった)。でも、いまは違う。

いまでは、それは大きな枠組みの中の一つで、どちらかといえば世の中へアウトプットする最終的な段階(プロセスの一部)になる。時間の配分としても7割くらいはコンセプトワーク、戦略(コミュニケーション設計)、コンサルティング的なクライアントへのサジェスチョンに費やしている。つまり、じぶんに求められていることや評価の対象が大きく変わっているのに、意識(レーゾンデトールというべきだろうか)は20年前のままだったのだ。したがって、ギャランティの設定の仕方も成果主義になっている。コンセプトの大切さを教授するセミナーをやったりしている割には、そこをギャランティとして数値化できていなかったのだ。だから儲からないと言いたいわけではない。自分がいまできることを明快にできていなかった。つまり、じぶんの価値をしっかりと伝えられていないということだ。

これでは、いけない。コミュニケーションの活性化だの効率化だの機能化などと偉そうなことを言っている場合ではない。普段ひとさまにそういことを見直しましょうと言っているわりに、じぶんの仕事をちゃんと説明できていないことに気がついた。「業態」を書けという欄に悩んだおかげだ。じぶんがやっていること、ひととの違いは「広告脳」で考えているということだ。コピーライターになってからずーっと主にナショナルクライアントのコピーを書いたりキャンペーンに携わってきた。その結果、アタマの引き出しには広告的な視点がいっぱい詰まっている。それをフル活用して、お得意さまから投げかけられた課題を解決しているのだ。つまり、どうすれば「より広くのひとに知ってもらえるか」しかも「正しく知ってもらえるか」そして「興味深く知ってもらえるか」「覚えてもらえるか」というコミュニケーションで問題を解決している。言い換えると大企業の広告で培った経験や成果を、いまは中小企業や地域の仕事などに還元しているということだ。マスを使う広告は大企業でないとできないけど、メディアニュートラルな時代と言えるいまは広告貧者(広告に予算を投下できない中小企業)も、広告脳(広告的な視点)を活かせば、広告的なコミュニケーションを展開することができる。

「ブランドイメージができない」「モノが売れない」「ひとに想いが届かない」「社員のロイヤリティが上がらない」「いい人材が集まらない」「ヨソの商品との違いを出したい」そんな多くの課題はコミュニケーション不全が引き起こしている。つまり、広告的な視点、見え様、発想が足らないのだ。なぜなら、広告とはコミュニケーションそのものだからだ。広告的な視点、見え様、発想。それらを総称して、広告脳と呼びたい。

近作では堺市の金物商社「福井」さんと取り組んだ新ブランドがある。広告脳が働かなければ、こういう考え方はで出てこなかっただろうと思う。広告がやっていることは「コミュニケーション」であり「イメージでものを売ること」であり「ワタシはアナタと違います」という差異化をはかることである。この事例は、これらの考え方が凝縮できたと思う。もちろん、じぶんひとりの手柄ではなくADやプロデューサーなど仲間たち、クライアントとの協働のおかげである。この仕事に関しては、言うべきことがたくさんあるので、別な機会に取り上げてみたい。ここでは、ブランドサイトを紹介するのみにとどめるので、どこに広告脳が働いているかを読者に想像していただきたい。


https://hado-knife.jp

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しかし、広告脳で課題を解決する仕事。これでは、業態と呼べないなあ。



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