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アイデア以前。

  アイデアを考えるとき、常に心がけていることが2つある。それは、コンセプチャルに考えることと、コミュニケーション速度を速くすることである。コンセプチャルに考えるとはどういうことか?それは、なるだけモノゴトの本質で考えるということだ。コミュニケーション速度を速くするとは、受け手に疑問を抱かせずに伝えたいことに早く到達させるということだ。(例外的に、わざと疑問を抱かせてココロに引っ掛かりを残すこともある。気になる存在になることで検索へ誘引したり購買に誘導したりするテクニックだ)
前述した2つの考えに至るには、2つの経験がある。
 1つは、前職のMAQ時代にニューヨーク研修というのがありニューヨークのクリエイティブ会社を訪問するツアーに参加したときのことだ。訪問先のひとつに アメリカ・マーケティング協会(AMA: American Marketing Association)があった。そこでDM(ダイレクトメール)の賞を受賞した作品をいろいろ見せてもらった。その中に、ホンモノのレンガをDMとして使用したものがあった。たしか、その年の金賞だったと記憶する。レンガには金色の文字が彫り込んであり「あなたもオーナーになりませんか?」というようなメッセージだった。アメリカの住宅工法はレンガを積んでその上に家を建てるのでレンガは戸建て住宅のシンボルということらしい。なるほど。ページを費やしてたくさんの写真を見せるより、いっぱい言葉を並べるより、レンガの実物が送られてくる方が受け手の印象は強いし、ココロはくすぐられる。(お金もかかる)余談だけど、お金をかけるばかりが良いことではないが、かけた効果とかけないとデメリットの比較で案は選ぶべきだ。おかながかかるからとチープなアイデアを選んで、何の効果もないならやらない方がマシだ。広告とはそういうものだ。

 このDMのアイデアはその後も強くじぶんの中で気になっていた。
 もう1つの経験は、太陽光温水器(いまのような蓄熱電池式ではなく水を汲み上げて温める方式のもの)が普及し出したころの話だ。その当時MAQ社ではナショナルの製品を担当していた。奈良に事業部があり、電子レンジ、石油ストーブなども担当していたので、毎日のように法隆寺の近くまで通っていた。
 ある日、太陽光温水器を工事している販売店に授与する表彰状のデザインを受注した。ワタシはコンビのデザイナーM村さんと、ああでもないこうでもないとアタマをひねり、アイデアを考えた。表彰状のまわりには花ケイの代わりに太陽神をデザインし、あなたの業績はサンサンと輝き…というようなコピーの表彰状だった。太陽からひたすら発想したものだった。それを会社におけるすべての仕事のCDであるW田社長に見せたら、「お前らアホか。何にも考えてないなあ。こんな紙切れをもらって販売店さんは嬉しいか?」と、切り込まれた。すぐに答えられず、2人は立ち尽くしていた。しばらくして、W田社長はこう言った。「松下さんは屋根の上に登って命がけで工事してくれている販売店さんに、こころから感謝の気持ちを伝えたいんや。そんじょそこらにある、表彰状ではあかん。デザインやコピーばかりにとらわれるのではなく、なんで瓦に印刷しようというところから発想しないんだ!」と烈火の如く怒鳴られた。(言葉にすると優しく聞こえるが、ホンマにあの社長にはよく怒鳴られた。親よりもたくさん叱られた。活火山のようにいつも噴火している人だった)やっと、わかった。目の前に光が差した。やっとモノゴトの本質が見えた。すぐに瓦を使って見本をつくりプレゼンしたら大好評で採用された。

 レンガと瓦。なんだかよく似た素材にまつわるエピソードは、じつはつながっている。この中にモノゴトはコンセプチャルに考えろ(本質で考えろ)、コミュニケーション速度を速くしろ(伝えたい意図を瞬時に理解させろ)という教えがある。こういうふうにアイデアに至る以前の出発点の大切さという思考へ整理されたのは、その後ずいぶん経ってからだ。しかし、わたしはこのふたつのknow-howのおかげで30数年ごのいまもアイデアを考え、糊口をしのいでいる。

 この考えから、じつは下にあるようなDMをつくった。ナショナルパーシャル冷蔵庫が新発売されたときのものだ。パーシャルというのは食材を半冷凍することにより鮮度を保つというものだった。(たぶん…)そこで、DMで鯛を送ろうと考えた。鯛のカタチのDMが届くと、絶対に開けてみたくなるし、捨てられることはないと考えたのだ。アイデアは採用され、会社の近所のポストからテスト投函したものも無事に届いた。(原案は透明の封筒に入っていた)

ところが後日談があり、販売店が投函したDMが大量に返ってきたというのだ。慌てて北浜の郵政省へ行って聞いてみると、不在宅では配達員がメッセージを書くためのスペースが必要で、この仕様では書けないので配達できないと言うのだ。近所の郵便局から投函したら届いたとは言ってみても、それはたまたま配達員が規定を知らなかったのだと一蹴され、抗議は通じなかった。かくして、写真のようなカタチに変更した。

ちょっとDMとしての見た目の鮮度は落ちるが、冷蔵した魚の鮮度は落ちない。(笑)まずは、コンセプチャルに考える。そして、コミュニケーション速度を上げて伝える。その2つは具現化できたいるのではないかしら。しかし、いまからみると、もっと完成度はあがったとは思う。若かったなあ。

パーシャルDM




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