中国における大学院生への経済支援,共通機器整備,そして COVID-19研究の取り組みについて

この記事は、岩波書店「科学」2020年6月号に掲載された同名記事を編集部の許可の元、転載したものです。「科学」編集部のご厚意に感謝いたします。

 中国上海の復旦大学生命科学学院に所属する服部素之と申します。生体分子の詳細な「かたち」にもとづきその仕組みを理解するという構造生物学の研究を専門としています。2015年に東京から上海に異動し,研究室を立ち上げました。本稿では,これまでの私の実体験を通して中国の研究現場の紹介,特に日本でも参考になると思われる「大学院生への経済支援」,「共通機器整備」,そして 2020年4月現在世界的な流行となっている「COVID-19」,その対策となる研究への取り組みを中心にご紹介いたします。ちなみに本稿でのお話は,あくまで生命科学研究分野を中心とした紹介であることをご留意ください。

中国の大学院のしくみ

 中国の大学院のしくみは日本と似ている部分も多いですが,相違点も多々あります。大きく異なる点としては「期間」「卒業要件」「経済支援」の 3点でしょうか。まず卒業までの期間についてですが,博士3年というのは日本と共通です。その一方,修士については最近の中国だと3年のところが多く,日本の修士2年とは大きく異なります。最初の半年は授業中心で,それから研究室での研究活動がメインになる感じでしょうか。中国では日本のような新卒一括採用のような長期にわたる就職活動がないため,修士の3年間でかなり集中して研究に取り組めるイメージがあります。その点は日本でも参考になるかもしれません。

 また,卒業要件についてですが,日本の生命科学系では査読論文 1 報が博士取得要件になっていることが多いと思われます。それに対し,中国の場合,修士の場合も論文発表が求められるというのが大きな特徴と思われます。また,博士についてもとにかく論文が 1 報あればよいということではなく,いわゆるインパクトファクターによる足切りがあります。具体的にどのくらいのインパクトファクターのジャーナルでの論文掲載が求められるかは大学によってかなり異なるようではありますが,このような数字による評価というのは中国の大学院における仕組みの大きな特徴と思われます。その一方,このような数値による杓子定規的な評価に対する批判も中国では近年根強くなっており,インパクトファクターによる一律評価を改めようという流れも出てきています。これは「数値による一律評価」に頼らずとも研究の中身をしっかりみていこうということで,中国の研究レベルの上昇に伴った健全な流れであり,今後さらに強い流れになっていくのではないかと私は考えています。

 最後に日本との最も大きな違いとしては大学院生に対する経済支援でしょうか。日本では学生支援機構の奨学金が大学院生支援の中ではもっとも大きなものですが,原則としては返還義務があります。その一方,中国の場合,「学費負担なし」「毎月の奨学金(給与)支給」「学生全員に格安の寮完備」というものがあり,これは非常に手厚い,恵まれたものだと感じています。基本的に学生さんは自己負担なく学生生活を送れる形になっています。学生さんによっては実家に仕送りをしている人もいるようです。経済的な不安なく大学院に進学というのは,学生さんたちが大学院進学を検討する上で非常に大きなプラス要素と言えるのではないかと思います。大学院生への経済支援については日本でも近年徐々に拡充が進んでおり,さらなる支援拡充がなされることを願っています。

中国での研究室運営

 日本の大学の方と話すと「何億円も研究費をもらっているのでしょう」「学生さんが何十人もいるのでしょう」みたいなことを言われることがあるのですが,そんなことはまずないです。むしろ中国では個々の研究者に対する研究費の額は日本の科研費と比べて少額です。また個々の研究室のサイズは日本よりも小さいことが多いです。ただ実際,中国からの研究成果が質・量ともに顕著に伸びているのも事実です。その原因としては個々の研究費の高額といったような話ではなく「PI 制にもとづく若手研究者の大量採用」「共通機器の整備」にもとづくと私は考えています。

 まず「PI 制にもとづく若手研究者の大量採用」ですが,日本のような一研究室の中に「教授の下に准教授や助教がいて」という形ではなく,アメリカのような個々の教員が PI(Principal Investigator)として自身の研究室を運営する形になっています。アメリカのジョブマーケットが厳しくなっていることや近年の中国での研究レベルの上昇などの関係もあり,アメリカやその他欧米各国で成果をあげた研究者,特に若手中国人研究者が次々と中国に帰国をしており,私の学院ではこの 10 年間で研究室の数は倍増しています。その分,個々の研究室のサイズは小さくなりますが,若手がその才能を発揮しやすい環境が整っていると言えるのではないかと思います。

 次に「共通機器の整備」についてですが,日本の場合,個々の研究室で研究機器をそろえる必要があり,そのために高額研究費が必要となるという事情があります。また同じ専攻内で似たような機器が複数導入されるということにもつながり,研究費の用途としてもあまり効率的とはいえない点もあります。それに対し,中国では個人研究者への競争的研究費の額はそれほどではないものの,高額機器については基本的に大学により共通機器としての導入,もしくは教員着任時のスタートアップ研究費で購入することが一般的です。共通機器整備のためのしくみとして 1984 年から一貫して「国家重点実験室」とよばれる国家規模の共通機器室整備の制度が主要大学にはあります。これにより「機器購入」「機器補修費」「機器管理人員の人件費」などの経費が継続的にサポートされています。研究費の効率的活用という観点からこれに関しては日本も見習うべきと強く感じています。

最近の COIVD-19流行に対する取り組み

 最後に最近世界的流行となっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)についてのお話になります。今年 2020年の1月後半から武漢を中心に中国で大きな流行がはじまり,その後世界的流行となり,2020年4月現在も流行が続いています。私の大学でも1月下旬以降,実質的な大学閉鎖となり,今なお学生さんの大部分は自宅待機が続き,部分的再開に留まっています。私自身も 1月下旬から 1カ月以上ほぼ自宅待機生活を送りました。

 この COVID-19 対策についてですが,中国ではかなり初期から基礎研究,臨床研究を含め各種研究費助成のプロジェクトがはじまっています。最初にはじまったのは 1 月後半,武漢封鎖直前の国家自然科学基金(NSFC。日本の科研費に相当)によるものです。その後,中央政府および地方政府などにより多数の研究費支援が立ち上がりました。中国での物事のやり方として「まずやってみる。やりながら制度を考えていく」という特徴があると感じていますが 1 月下旬に研究費公募申請がはじまった際はそのことを強く感じました。また,大学が基本的に閉鎖されている中,COVID-19 対策関連の研究に限っては実施を認めるという特例も出されました。

 COVID-19 に対する取り組みとしてはやはり世界的な取り組み,そして国際的な協調が重要と思われます。今後どのようにして形で流行が収束を向かえ,どのような方策が治療や予防の決定打となるのか現時点ではわかりませんが,早期の世界的な流行の収束を願っています。

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