サラリーマン金次郎
金次郎は、現代のサラリーマンだ。二宮尊徳として知られる彼も、時代の波に逆らえず、今では満員電車に揺られて出勤している。もちろん、トレードマークの薪は手放せない。だが、さすがに電車の中で背負うのはマナー違反だ。そこで金次郎は、その薪を前に抱えることにしている。
(これが、俺の勤勉さの象徴…だったはずだけど…)
電車に乗るたびに、前に抱えた薪が何かと邪魔になる。周りの乗客たちは、無言の圧力をかけてくるが、金次郎は決して動じない。ただひたすらに前を見つめ、黙々と立ち続ける。
「次は新橋〜新橋〜」というアナウンスが響く。金次郎は駅名に興味がない。彼にとって重要なのは「どんな場所でも勤勉であること」だ。しかし、前に抱えた薪の束が隣の人のカバンにガツガツと当たっていることには、どうにも気づかない。
(うん、電車も一つの修行だな…)
心の中ではそう思いつつも、現実はまったく違う。周囲の人たちは、金次郎の薪に当たるたびに小さなため息を漏らし、顔をしかめている。特に、彼の正面に立つサラリーマンは、薪の先端が彼の腹にぐいぐい押し付けられている。
(さすがにこれは…あれ、ちょっと配慮した方がいいか?)
金次郎は思い立って、薪を少し持ち上げた。だが、それはそれでさらに他の人に迷惑をかけてしまう。薪が頭の高さに達し、今度は周りの乗客の視界を遮る結果に。
(うーん、思ったより難しいな…)
そして、電車がガタンと揺れるたびに、彼はよろめきながらも必死で薪を抱えている。まさに「勤勉」の象徴であり、彼にとってはこの電車内でも「努力」が必要な場所なのだ。
(いや、そもそもこの時代に薪を持ってること自体がどうかしてるんじゃないか?)
ふと、金次郎の心に疑問が浮かぶ。しかし、その疑問をすぐに打ち消す。いや、時代が変わろうと、薪は大切だ。自分の象徴なのだから。
「…すいません、その薪、ちょっと…」と隣の人が勇気を振り絞って声をかけてきた。
「あ、すみません」と金次郎は薪を少し横にズラす。しかし、その瞬間、別の方向にいた乗客の足にゴツンと当たる。
「いった…」
車内は微妙な空気に包まれる。金次郎は何とかその場をやり過ごそうとするが、内心ではこう思っている。
(いや、薪じゃなくて普通にカバンとかにしとけばよかったな…)
そして、最寄り駅に到着した。金次郎はようやく電車から降りる。前に抱えた薪が通路に当たりながらも、彼は自信満々で降りていく。周囲の乗客たちは、少しホッとした顔をしているが、彼にはそんなことは関係ない。
「今日も勤勉に働くぞ!」
そう言いながら、金次郎はオフィスビルへと向かう。薪を抱えたまま、お得意様訪問が今日も始まる。
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