FILM RED、評判悪いみたいっすね。

国内興行収入197億という大ヒット作、ONE PIECE FILM RED。
先日アマプラでの配信が開始され、ようやっと私もこの話題作を体験することができた。

端的に言って、“面白い”と手放しに言えるような派手さは無い。が、大変好みの作風であった。

観終わってホクホクのままTwitterで感想を漁ると思いの外、悪印象な感想が目についた。
バトル系を期待して肩透かしを喰らってしまっただとか歌パートが多すぎると言った好みの問題から、悪魔の実の能力者がバケツ一杯の水で弱体化するのはおかしいといった設定の矛盾を指摘する声もある。

その中で私が気になったのは、ウタというキャラクターの内面的造形への指摘だ。
彼女の提示した『新世界』、彼女の幼稚さ、彼女のとった行動。本作のオリジナルキャラクターでストーリーの中枢を担う彼女への不満が作品自体のマイナス評価となって表れているようだ。

だが、本当に彼女のキャラ造形は批判されるほどのものだったのだろうか。
むしろ私はそこにこそ本作の魅力が詰まっていると考える。
映画内で語られた情報をもとに、彼女の内面に迫る。


1.幼稚なままなワケ

「負け惜しみ〜」のポーズ然り、ウタの言動には幼稚さが見て取れ、それを嫌う人も少なくない。無理もない、突然現れた幼稚な言動のキャラなぞヘイトが集まっても致し方ないと言えるだろう。
だが、私は敢えてウタはその様に描写されているのではないかと考える。

何故ならそもそも幼いのだ、彼女は。

ウタがエレジアに置き去りにされたのは12年前、彼女が9つほどの歳の頃である。
本来、アイデンティティの確立の為、他者や社会との関係を構築するべき時期に彼女の側にいたのはゴードン一人。同年代の友達との関係のアップデートも出来ず、それどころか育ての親に見捨てられたのだと教え込まれ、それすら養育者の嘘であったと知った彼女に信頼できる人間など居なかったに等しい。
一体どこに彼女が幼さを捨て、真っ当に成長する要素があったと言えるのだろうか。


2.トットムジカの発動条件

音楽の島・エレジアを一夜にして壊滅させた『魔王』トットムジカ。
その発動条件は『ウタウタの能力者が歌うこと』。逆説的にウタウタの能力者が歌わなければ発動しない、という至極単純なものである。
しかし、それももう作中では手遅れであるとウタは言う。その事実を知った時点で彼女は既に世界の歌姫、皆に歌うことを望まれ皆のために引き返せない、と。

誰にも頼れず引き返すこともできない、幼いままの彼女になにが出来たのだろう。


3.『新世界』

彼女の示した『新世界』とは、彼女が作り出した世界の中で幸せに暮らすこと。そこでは辛い仕事もなく、食べ物や遊びはいっぱいあり、差別や偏見もなく病気や苦しみすら無いのだと言う。
なんとも幼子の考えるユートピアじみた世界だ。

それが、彼女の提示できる“最適解”だったのだろう。
いつトットムジカが目覚めるとも知れず、顕現してしまえば止める手立ても頼れる相手も居ない。幼いままの彼女一人で考え抜いた、たった一つの最適解。それが『新世界』だ。

当然、作中の様にそんな『新世界』を良く思わない人は出てくるだろう。私だってそんなものを『新世界』などと持て囃す気は無い。

だが、そんな彼女の精一杯の答えを、ただ無碍にするほどやるせないことがあるか。
ただ彼女の言動の意味を考えず、嫌いだと切り捨てられるのを見る虚しさ。
物語の中とはいえ、一人の少女が考え抜いて出した(と描かれた)答えを貶される侘しさが伝わるだろうか。



本当に彼女は自己中だのメンヘラだのと切り捨てられるだけのキャラクターだったのだろうか。
どうか、ウタというキャラクターが誤解のまま忘れ去られることが無いよう祈るばかりである。

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