3時 「雨ネコ」

 雷の音で、カスミは目を覚ました。寝ぼけた目で部屋を見渡すと、窓ガラスを雨粒が叩いている。寝る前には降っていなかったのになと思いながら、窓ガラスに不思議な影が映っているのに気付いた。影は動いている。目を凝らしてみると、見知らぬ白い猫がいる。

「ねこ…」

 白猫はカスミを見て、ぺこりと頭を下げた。
「入れた覚えはないんだけど」
 白猫は窓をトントンと叩く。まるで外は雨だから仕方ないだろうとでも言っているようだ。
「あまやどりか~、今だけだよ」
 猫は大きなあくびをして、部屋の中をうろうろと徘徊しはじめた。自分の呼びかけをまるで聞いていないその態度にカスミは少し笑えてきた。

 猫を眺めているうちにだんだんと眼が冴えてきて、カスミにも今の状況の不思議さが飲み込めるようになってきた。だからといって猫を追い出すわけにもいかない。外は相変わらず大雨の音がするし、今外に出たらこの猫だって大変だろう。なにより、ベッドから起き上がるのが億劫だった。電気もつけず、窓から入り込む外の街灯の光でかすかに照らされた部屋の中で、白く浮かび上がっているその猫をただぼんやりと眺めていた。そして、猫のいる暮しを思い浮かべた。

 カスミが一人暮らしを始めてもう5年が経とうとしている。仕事終わりに家に帰った時に出迎えてくれる家族がいたらなんてことは普段は考えもしなかったが、いざ自分以外の生き物の臭いを部屋に感じていると、自分の心が揺れているのもわかった。

 窓の外が光り、やや時間をおいて大きな音が部屋にも響く。中々近いところに落ちたようだ。
「今夜は帰れないね。」
 白猫に呼び掛けてみるが、ここでおかしなことに気付いた。猫の影が2つに増えているのだ。気付かないうちに猫はもう1匹入ってきていたようだ。いったいどこから入って来たのか、そう思っていると、再び雷が落ちた。今度は何度か連続して落ちた気がする。そして気付いた時には猫の気配はさらに増えていた。まるで雷に呼応するかのように猫は数を増しているようだった。しかし、部屋は暗いしなぜだか猫たちは鳴き声を一切上げないものだから、猫がいるという確信を持つことはできない。 

時間がたち、何度か近くに雷が落ち、雨粒はしきりに窓をたたいた。そして、招き入れていないはずの猫の気配も増えていった。カスミはもはや電気をつけに行かなかった。億劫なのではなく、怖かったからだ。

 カスミは猫を見るのをやめた。布団を被ってさっきまで一人しかいなかった部屋の中で一人籠城を開始した。雨音はとだえることはない。時に感じる布団ごしの重さが猫によるものなのか、精神的なものなのか、はたまたただ布のテンションの具合で重さを感じているだけなのかカスミには見当もつかなかった。ただ時間がたてばたつほど、布団をあげるのが怖くなる。夢であるならそろそろ覚めるはずだ。朝になって、再び布団から出る時、この無言の猫たちはどうなっているのだろう。元の部屋に帰ることができるのか、不安の渦巻く布団の外で、雨は窓を叩き続けていた。

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