8時

 もうじき練習を切り上げようかという時に、白球が大きな放物線を描いて山の中へと消えていった。コウタの奇跡のまぐれ当たりに一同驚き盛り上がったわけであるが、俺は一人勘弁してくれよという気持ちになっていた。あのボールは昨日買った俺の私物なのだ。周りでは片づけが始まっていたし、もたもたしていたら朝礼が始まっていよいよボールの回収ができなくなる。
 試合で打てよ、と大声でコウタを野次ってから、俺は一人山へと走った。

 山へ消えたとはいえなんとなく場所は見えた気がしていた。おろしたてのボールは真っ白だし、運が良ければすぐに見つかる。そう思って目星をつけた場所を探してみるのだが、ボールは見つからない。時間もないし、一旦切り上げようかと思ったところでコウタは茂みの中に何か白いものが見えることに気付いた。やっと見つけたかと思って近づいてみると、それはボールではなくヘビだった。思わず固まってしまった俺の目の前で、さらに思いもよらないことが起きた。ヘビが話しかけてきたのだ。

「探し物かい?」
 心底驚いた。驚いて何も答えられなかったが、それはそれでとヘビは話を続ける。
「これかい?」
 ヘビは器用に茂みからボールを取り出した。しかし、それは真っ黒になった年季を感じるボールだった。
「違う。」
「そうか。」
 ヘビは残念そうに黒くなったボールをわきによけた。
「さっきとばしたんだ。もっと新しい。」
 ヘビはまたすぐ違うボールを取り出す。
「これかい?」
 それは確かに真新しいボールだったのだけど、色が違う。
「テニスボールだね。俺が無くしたのは野球のボール。軟球。」
「そうか。」
 そういってまたテニスボールもわきによける。

 最初は怖かったけれど、この頃になると俺もだんだんと楽しくなってきていた。ヘビはその後もいろんなボールを出してきたけれど、どれも俺のボールではない。
 最後にバスケットボールを遠くに転がした後、ヘビは申し訳なさそうに俺に向かい合った。
「申しわけない。俺は持ってないみたいだ。」

 いつの間にかヘビの周りには大小さまざまなボールが散乱している。俺たちはこんなにもボールを山の中に残してきたのかと思うとこちらの方がなんだか申し訳なくなってくる。こちらこそすまないと謝ろうと思ったところで、俺の耳にチャイムの音が聞こえてきた。予鈴だ。ここから教室まで走ればギリギリ間に合う。それじゃあ、と短く言い残してすぐに走り出した。あの場所は何だったのだろうか。もっと探せば見つかったのだろうか。そんなことも思ったけれど、振り向かずに教室まで走ったので結局は分からないことだった。

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