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7時 朝一番の教室で

 「いつもと違うことをするときにはその前の日にしっかり寝るように」というのが我が家の家訓だ。家訓と言っても父がよく言っているだけなのだが。
 
この言葉を聞くと、いつももうちょっとマシな家訓はなかったのだろうかと疑問を呈したくなる。なにせ瞬発力がない気がするのだ。なぜ違うことをする前に寝る時間があることが前提なのだろう。急な判断を迫られたときに前日あまり寝ていなかったらそれは詰みだ。それを以前一度父に言うと、計画することの大切さについてややしどろもどろに話してきたので、もう聞かないことにしている。
 母はそんな父を見ながら「寝る子は育つ」っていうからねえ、とこれまた的外れなことを言う。かくいう僕も、言いつけ通り昨日はいつもより早く床に就いた。僕らは、そういう家族なのだ。

 そんなわけでいつもより早く起きたけれど頭はいつもよりすっきりしている。カッコよくないけれど益のある家訓にちょっぴり感謝をしながら、僕は学校へと向かった。

 教室のドアを開けた瞬間、カシャリ、という音とともに視界が一瞬まぶしく光った。
「・・・え?」
 僕は訳が分からなかった。誰もいないと思っていた教室には先客がいた。

「小松さん…?」
「あ、ごめん…びっくりした?」
「うん。…カメラ?」
「うん。」
「写真撮ってたの」
「うん、ちょっとね。」

 小松さんは僕と同じクラスの同級生だ。特に親しいわけではないが、誰とでも話す気さくな人で、授業や掃除で同じ班になったこともある。まさか登校してきた人をいきなりカメラに収める趣味があるとは思わないから、彼女にとっても僕の登場は不意打ちだったのだろう。朝からなんだか申し訳ない気持ちになりながら、とりあえず自分の席に向かってみる。

「どうして早く来たの?」
 写真撮影が中断して手持無沙汰になってしまったのか、小松さんが話しかけてきた。
「や…、たまには一番に来たいなって。」
「一番に?」
「そうそう一番最初に教室に来る、こう、優越感を、感じに」
「あ、じゃあ私がその優越感奪っちゃったわけだ」
「そうなるね」
「ごめんね」
とまあどこまで本気か分からない謝罪を受けた訳であるが、まさか罪のないクラスメイトをなじるわけにもいかず、何とも珍妙なことになってしまったなあと思いながらとりあえず言葉を探す。

「小松さんは、カメラ?」
「うん。」
「何を撮ってたの?」
「…小沢君さ、心霊写真って信じる?」
 シンレイシャシンー
 朝からこんな言葉を聞くことになるなんて予想出来なかった。お父さん、どうやら僕はやはり計画性のない人間らしいです。
「うん。」
「私さ、心霊写真撮りたいんだ。」

 これは思いもよらない急な展開を乗せた船がやってきたものだ。まあ前の日はしっかり寝たし、船が沈んでも泳いで帰る元気くらいはあるだろう。

「撮りたいってことは、いるの?ここに。」
 小松さんはゆっくり頷いた。その時僕の心がドキリとしたのは、恐らくその幽霊のせいだ。

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