6時 早い帰宅

 次郎は駅から家への道を歩いていた。すれ違う人たちはこれから会社や学校に向かうのだろう。逆方向に歩いていく人々の顔は次郎にはどこか精悍に見え、同じ場所で生活していながらも自分とは違う人種に見えたさぞ充実した生活を送っているに違いない、そんな根拠もない想像をしてしまう自分に、次郎はまた傷ついた。

 つい1時間ほど前まではタカシたちといた訳であるが、そのことがかえって今一人人の流れに今人の流れに逆らって歩く次郎の孤独を深めているような気がする。結局は帰らなければならないし、その帰る場所は次郎にとっては「孤独」であることは慣れていたはずなのだけれども、なぜだか今日はそれが寂しかった。

 道路を挟んだ歩道の向かいから、見知った顔が歩いて来た。次郎の母だ。今から仕事へと向かうのだろう。母もこちらに気付きいた。呆れた顔をしたように次郎には見えた。そのまま声をかけることもなく、道路を挟んだまま二人はすれ違った。次郎は振り返って母を見る。母はそのまま駅へ向かう人々に紛れていった。


 次郎は家に着いた。玄関の戸を開けると、「おかえり」と呼びかける声が聞こえた。
 おかしい。家には誰もいないはずではないか。母とは先ほどすれ違った。この家には今次郎しかいないはずで、「おかえり」なんて声が聞こえてくるはずがない。まずリビングに入るが、誰もいない。恐る恐る母親の部屋も確認したが、やはりすでに仕事に行っているようだ。そのほかの場所も探したが、やはりこの家にいるのは次郎一人だった。

 あの声は気のせいだったのだろうか、次郎は眠たい頭で考えを巡らせる。ついに空耳を聞いてしまうほどに自分は寂しいのか。あるいは孤独というカテゴリーに見放されたのか。様々に考えるが、答えの出ないまま次郎は眠りに落ちた。

 次郎は夢を見た。夢の中で次郎は一人だった。一人、ご飯を食べていた。ご飯を食べながら涙を流していた。夢だからかそれが美味しいのかどうかわからず、だから自分がどうして泣いているのか次郎は説明できなかった。だから、ご飯を食べながら、夢の中で次郎の気持ちは落ち込むばかりだった。そもそもご飯を食べているのは食卓に既に茶碗が並べられていたからだということは、もう既に次郎の夢の記憶からは無くなっていることだった。

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