22時 おやすみなさい

おやすみなさい。

 そういってからイヤホンを外した後、リコは小さく息を吐いた。

 「おやすみ」という言葉を使ったものの、まだ寝るつもりはなかったから、なんだか自分が不誠実なことを言っているのではないかしらと考えてしまうことはよくあることだった。少しの違和感に気付きながらも相手から「おやすみ」という言葉を投げかけられたら「おやすみ」と返すし、なんなら自分からも「おやすみ」ということだってある。それで不都合なことなんて起きないのだから、ここまでそうしてきたのだった。

 さっきまで話していた彼は、もうすぐ寝るのだろうか。眠いと言っていたけれど、それはリコも同じだからあてにはならない。けれど彼ならば言った通りこのまま眠りについている気がしたし、だからこそ自分だけ裏切るような気持ちになってしまった。

 もしここに彼がいたのならば、すぐにごめんねと言って誠実になることができただろう。もしここに彼がいたならば、寝る気もないのに「おやすみ」なんて言葉はそもそも使っていないだろう。そんなことを思うと、やはり一番の原因は彼がここに居ないことだ。一緒にいないから、一緒に眠ることもできない。

 もし彼がここに居ても純粋に一緒に眠ることなどできないはずなのだけれど、そんなことは今のリコにはどうでもよかった。相手のことが頭から離れないからいつまでも自分のことばかり考えてしまう、ただそれだけしかできなかった。明日も彼に会えるだろうか。窓際の席に座る彼を思いながら自室の部屋の窓を見ると、そこに映るのは紛れもなく情けない自分の姿だ。もう一度息を吐き、立ち上がって窓へと歩く。リコはカーテンを閉めた。自分の姿は見えなくなる。「おやすみ」と、リコは小さく呟いた。

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