16時 変わらない色

 今目の前に広がるのは青い海だ。この海の色が青ではなく黒だったことがある。外国の軍艦が押し寄せ、先ほどオサムが歩いていた砂浜から兵隊が上陸した。この山の上まで住民は逃げてきていたのかもしれない。そうとなると、今オサムが見ているまさにこの場所に立って、敵の攻撃に怯えていた人がいた。オサムは落ち着いた心でその知識を目の前の景色に重ねてみる。けれどもそこにあるのはやはり青い海だ。

 足りないものは何だろう。知識か、それとも想像力か。たとえ今ここに軍艦が押し寄せたとしても、目の前が黒く染まるとは思えない。
背後にある慰霊碑に対してなんだか申し訳なくなってきた。こんな誰も来ないような場所にあるというのに、そこには花や折り鶴が供えられている。それらは碑の古っぽさとはまるで似つかわしくなく、かえってない方がいいようにさえ思えてしまう。そこにある歴史と、景色と、碑と、供え物と、そしてそこにいる自分と、全てがなんだか噛み合っていないように感じる。だから彼女がそこにいるのに気づいた時、彼女のあまりの似つかわしくなさに、オサムはかえって驚くことなく受け入れていた。

「どうも」
彼女はぺこりと頭を下げる。
「…地元の方ですか?」
彼女は今度は首を横にふった。
「僕も…、僕は東京から来たんです。」
「そう」
「親戚が沖縄にいるんです。だからたまに来てるんですけど、こう、好きになっちゃって。海が。」
二人は海を見つめた。
「信じられないんですよね。この青い海が、黒くなったって。」
「戦争」
「証言とか、写真とか、色が違う感じがするんですよね。今見てる海と。だからそれだけ、色を変えてしまうくらい、戦争って、大変なものだったんだなって。」
「今見てる青とは違う?」
「違ったんだろうなって思います。」
 そう、違うとは思うのだけれど、その確信が持てない。けれどもそれを口に出すこととはできなかった。
 思えば不思議だ。どうして戦争の話になったのかもオサムは分かっていなかった。普段なら口にできない事ではあったけど、それでも口に出すことができないこともあったらしい。

 彼女は遠くを見ながら口をひらいた。
「不思議だよね。いつの間にか、変わっちゃってるんだ。」
「色が?」
「私にはね、変わってるように見えなくても、変わってるんだって。」
「そうなの?」
「いつだって、海も、空も、青いよ。だってさ、人間が何やっても太陽には関係ないじゃない。」

 日が傾き始め、海が夕焼け色に染まりだす。海の色は変わっていくが、それでもやはり、オサムにはきれいに見た。

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