15時 恩返しの手前

 それは下校途中のことだった。

 学校を出てすぐの横断歩道に近所のおじさんたちが日替わりで旗をもって立っているところがある。そして、実際そこは事故が多い場所だ。直前までなだらかな登り坂、下り始めてすぐのところを横切るようなこの横断歩道は、坂を登りきった車の運転手にとっては急に目の前に現れるものなのだろう。実はカスミのクラスメイトも先日ここでひかれたばかりだ。ひかれたといっても本人は次の日からけろっとした顔で学校に来ているのだけれど、旗を持つおじさんの数は1人から2人に増えた。

 車に対して旗を持ったおじさんが増えて何になるんだろうなんてことをカスミは思っていたけれど、だからと言ってそれを誰かに言うわけではない。3年生くらいの男子が元気におじさんに挨拶をしている。そんな気にはならなかったが、無視もできず、なるべく顔を合わせないようにしながら礼をする。そんな様子だったからこそ、カスミは彼を見つけることができた。

 おじさんの数は増えても車のスピードが減速することはない。ここで事故があった事なんてお構いなしなのか、あるいは本当に知らないのか。今日も何となく危ないな、なんて車が沢山坂を下っていく。そして、カスミが横断歩道をわたり切ったその時、彼は道路に飛び出して、その時ちょうどいいタイミングで車が坂を下りてきた。それに気づいたのは、カスミだけだった。

 車が事故を起こすのを見るのは初めてではなかったが、その時、僕は初めて勇気を見た。
その勇気のおかげで僕は今まで生きている。

 いつか恩を返したいけれど、残念ながら僕はまだ化け猫ではなかったから、ただなきながら爪を舐めることしかできなかった。

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