24時 そして0時へ

 夜の川は意外と明るい。でもそれは周りの街灯やマンションの明かりが川を照らしてくれるからで、そうでなかったら真っ黒な水との境目が分からずに飲み込まれてしまうのかもしれない。そう思って川岸の遊歩道の、なるべく暗い場所を探して歩いたのはもう何年前のことだろう。誰にも見られない、暗い暗い場所を見つけ出して気付いたのは、そんな場所にいるとわずかな光がとても明るく見えるということだった。いくら回りが暗くても、車なのか建物か、遠くに光があるのはよく分かる。どこまで行っても真っ暗になることはない。もしも街灯やマンションや車が全部なくなったら、今度は今は見えない星の光が川面をぴかぴか照らすのだろうか。ここに来るようになって、色んなものが輝いていることをヒカリは知った。

 遠くに輝く光を見ながら、たまに自分の名前がおかしくなってくる。ヒカリ、なんて名前だけれど、自分はこの真っ暗な中で誰にも見られずたたずんでいる。光ることなんてできないよ、と文句を言いたくなるのをぐっとこらえるが、自分で光るにはどうしたらいいのかもよく分からなかった。そんな中、ある日川の手前のドン・キホーテで「夜間外出用ライト」なるものを見かけて思わず手に取ってしまった時は、さすがに自分に苦笑した。鞄につけるタイプで、これをつけると車にも発見されやすくなり安全だという。自分では光ることができない代わりにそのライトに光ってもらおうと思って買ってみることにした。

 不思議な話だ。暗い場所を求めて川に来たはずだったのに、気付けば光を気にするようになっていた。遠くに見える光を見つめ、遂には自分のすぐそこに光を置いた。光は自分を少しは安心させてくれるのだけれど、それが遠くの光も、手元の光も、どれも自分には関係のない光だということもヒカリにはわかっていた。わかっていたのだけれど光を消さなかった理由は二つある。一つは希望を持ち続けたかったから。そしてもう一つが、あきらめかけていた時に、川の向こうの光を見つけたからだ。その光はこれまでと違った。確かにヒカリを見ていたのだ。

 ヒカリがいる場所の、ちょうど反対の川岸にぽつんと光があった。初めは互いにそこにあるだけだった。やや立ち止まり、そして先に進む。向こうの光は来ない日もあったけれど、だんだんと出会う頻度は多くなっていった。ある日、向こうの光が揺れた。ライトを手に手をふっているように見えた。ヒカリも手をふり返してみた。手をふり返してみて、なんだか怖くなってライトを消してその場を去った。けれども、心臓をドキドキさせながらも、ヒカリは嬉しかった。

 翌日、やはり川へと向かう。今日が最後になるだろうということは分かっていた。やっぱり希望なんてないことが分かったし、これからもこの街にいるのかもよく分からなくなっていた。
 

 川のほとりでライトをつけてみる。しかし、今日のライトはいつもよりも非常に弱弱しい。ただ電池が切れただけなのは分かっていたが、それでもこいつは自分に寄り添ってくれていたんだなと思うと嬉しかった。嬉しかったからこそ、みるみる光が弱まっていくライトが悲しかった。

 今日が最後だというのに、昨日ようやく手を振ったというのに、こんな光では向こう岸に届けることはできないだろう。もちろんそれで何か問題があるわけではない。最後は一人でひっそりと、向こうの光を見つめるのも悪くない。そう思ってベンチに腰を下ろし、ぼんやりと向こう岸を見つめた。光はなかなか現れない。時計も持っていなかったので今が何時かもわからないけれど、もうすぐ来るはずだ。いつもの光が来て、それを見送るのだ。それで最後だ。いつもの光を、ただただ、待てばいい。

 気付けばヒカリは歩きだしていた。向こう岸を目指して、橋に向かって歩いた。歩調は次第に速くなっていく。向こうに行ってどうするのかもわかっていなかった。なにせライトはもうつかないのだ。自分一人では光ることもできない。それでも、今日が最後なのだとしたら、それはやはり行かなければならない。今日は、今日しかないのだから。

 私は光っていないけれど、今日はいつものあの光に照らしてもらおう。ヒカリは今日も、明日へと歩き出す。

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