あるターミナルの月に

ターミナルは大陸の中西部、南部大砂海との境界となるデカイ山脈の北西に存在する、ある地域を指す名前だ。
普段は人が住んでいるわけでもなく、時期をわきまえずに訪れてもただ広がるステップをながめるだけになるだろう。だが、毎年ある時期にだけ、大変な活況を呈することで知られている。
ターミナルはバス飼いの聖地だ。

秋の終わり、地平線を形づくる緩やかな丘陵を越え、大陸西部じゅうからバスとバス飼い達が集う。
伝統的な柄の頭巾を巻き、身の丈ほどのバス棒を持った、よく日に焼けたバス飼い達。
彼らは各々でバス停を立てバスを落ち着かせ、ベンチと幌で出来た上屋を設置し、燃料アスファルトで火を起こすと、これでようやく一息つけるとバスミルク入りのお茶を楽しむ。

バス飼いが集まり、それを目当てに砂海の油売りや商隊がやってくると、ターミナルは日増しに賑わいを増していく。
バス達が食む草と、飲む油の匂いが風に混じる。
子バスの群れと遊ぶ子供達の声や、バス三行詩を輪唱する男女の歓声が響く。バス飼いはみな歌が上手い。
マイクロバスにのった年若いバス飼い達は、間近に迫ったバス・レースの儀礼への修練に余念がない。
時には巨大な連接バスがゆっくりとその身を沈めて寿命を迎える。バス飼いの長老たちが亡骸に火を放ち、その魂を天に返す。
いつの年にも、ターミナルにはバス飼いの生と死のすべてがあった。

だがそれでも、特別な年もあった。
正歴1234年。
この年のターミナルの月には、何か異様な熱気が満ちていた。
それは前年から一転して暖い気候の良さによるものか、それとも帝国による過重なバス税への鬱憤からか。
あるいはこの、ひとところに寄せ集められた無賃乗客と乗り過ごし者の一団と関係していたかもしれない。
不安げに、時に卑屈な表情を浮かべて肩を寄せ合う一団の中、老いた占い師が言った。
「王が生まれるよ。この月、この場所で、あんたがたの中から。新しい国の、新しい王だ」




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