なかったことに出来ねえか_表紙

魔術士絞首レスカの話

魔術士絞首レスカが好きです。

魔術士絞首レスカは、魔術士オーフェンの短編シリーズ“魔術士オーフェン無謀編”の10巻『なかったことに出来ねえか?』収録の「くだらんゴタクは聞きあきた!」に登場する喫茶店のメニューです(レスカはレモンスカッシュの略)。


魔術士オーフェンは富士見ファンタジア文庫より94年から刊行されたファンタジーライトノベルであり、1000万部オーバーの人気シリーズです。90年代後半~00年代初頭のラノベ文化圏において現在のSAOとか禁書とかが占めている生態系上の地位にあった作品といえますでしょうか。

90年代後半の富士見ファンタジア文庫では、殺伐とした長編シリーズ&ドタバタギャグ短編の並行連載という戦略をよくとっていました。オーフェンでは特にこの戦略がうまく運用されていました。

短編しか読んでなかったみたいなひとも見かけますし、そうしたライトな読者にも作品が開放されて存在してたとこが黄金期富士見の覇権レーベルたる所以だと思います。


ギャグ短編では、作品世界の設定の一端とゲストキャラクターの奇人変人とをネタとして、それをめぐるドタバタを描き、爆発オチや脱力オチで強制終了することが多いです。

ドタバタや掛け合いが可笑しいこと、初心者も入りやすいことを前提として、その上で面白さの奥ゆきをましているのが背景世界の描写です。

往時の富士見ファンタジアの人気作は世界設定はどの作品も練られていましたが、そのなかにあっても魔術士オーフェンの設定の気の利いたひねり方は出色なものがあり、作品の主要な魅力のひとつになっていました。

魔術士絞首レスカが登場する「くだらんゴタクは聞きあきた!」で取り上げられるのは、かつて人間を導いたドラゴン種族と魔術士との戦争に端を発する魔術士狩りの歴史と、それを背景に成立した大陸魔術士同盟の作中の社会における有り様です。

魔術士との戦いを呼びかけて魔術士絞首レスカや魔術士八つ裂きコーヒーをメニューとする喫茶店をめぐってのドタバタとともに、そうした作品世界の背景設定が語られ、そうした作品の特徴は魔術士オーフェン無謀編がコメディとしてだけでなくファンタジーとして優れた作品である理由となっていますね。


またもう1点、無謀編の特徴、良さとして挙げられるのがその都会的な雰囲気です。

黄金期富士見の長編ー短編システムにおいては、物語の進行にともなって殺伐・陰鬱な色彩を帯び悲劇的な運命に囚われていく長編のキャラクターたちに対して、短編に登場するキャラクターたちは自由で溌剌としています。

魔術士オーフェンの舞台となるキエサルヒマ大陸の文明レベルは現実世界における19世紀程度と想定されており、機械文明の高度な発展こそありませんが、無謀編の舞台となる商都トトカンタなど、ところによっては20世紀レベルの文化が花開いています。

ストーリーに縛られずに存在する見ず知らずの自立した他人たちが異世界の街の往来を闊歩し、すれ違ったり出会ったり、縁があればしばらく同じ時間を共有したりする都会的な雰囲気が無謀編の魅力です。異世界版サラ・イネスとでも言いましょうか。

無謀編のメインヒロインであるコンスタンス・マギー三等官がしばしばほんのちょっとしか登場しないのも、そうした都会ですれ違う人たちのありようを感じさせてかえって良さがありますね。


設定のちょい出しと往来を行き交うキャラクターたちの自由さは富士見ファンタジアの短編に共有されるものだとは思いますが、それが特に強く、またうまく表されていたのが魔術士オーフェン無謀編だし、魔術士絞首レスカという単語の中にそれが凝縮されているなあと思います。

そういうわけで自分は魔術士絞首レスカが好きなのです。


以上です。どうやらkindle unlimitedで合本版が読み放題になってるみたいなので、もし興味を持たれた人がいれば読んでみるが良いと思いますよ!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?